2011年3月1日火曜日

メシールのテニス(9) ボールを打つと言うこと

今回は、基本的なこと、あまりに基本的すぎてあきれるほどに基本的なことを書きます。こんな基本的なことを、自分が忘れていたとは信じられないほどですが、案外、同じような失敗をしている人がいるかもしれないと思い、恥を覚悟して書きたいと思います。

これはもはや、メシールのテニスどころか、テニスの基本です。ただ、(言い訳になりますが)メシールのテニスが、あまりに美しく、流れるようなストロークなので、ふと、この基本を忘れてしまっていたのだと思います。

さて、基本的なこととは何か?それは、「ボールを打つ(たたく)」と言うことです。

メシールのテニスは、よく、「相手の(ボールの)力を利用してボールを打つ」と言うように表現されます。私も、なんとなく、そういうイメージを持っていました。

しかし、「相手の力を利用してボールを打つ」などというのは、あり得ない話なのです。幻想です。理由は簡単です。ボールを打つときに、飛んで来たボールに合わせて打ち返すと言うことは、「ボールを自分のものにする」ことができないためです。ボールを自分のものにせずに、思った場所にボールを打つことができるわけがありません。また、特に相手のボールが弱い時には、強いボールを打つこともできないでしょう。

昔のテニス…と言ってもメシール自身がずいぶんと昔のプレーヤーになってしまいましたが(笑)、ウッドの時代の映像を見ると、まれに、そのように「相手のボールに合わせて打つ」シーンを見ることがあります。現代のアマチュアのテニスなども、中級ぐらいのレベルでは、そのようなプレーをよく見ます。(これは、ラケットの反発力=パワーが上がったために、相手のボールに対して”面を作る”ことでボールを打ち返すのが容易になったためでしょう。)

しかし、メシールのプレーを見ていると、実際には、メシールは、「ボールをしっかり打っている」のです。確かに、その「しっかり」度は、厚いグリップでボールを強くたたくプレーヤーほどではありません。しかし、相手のボールに合わせてボールを打ち返すとか、相手のボールの力を利用して打つというようなプレースタイルでは、決してないのです。

では、他のプレーヤーとメシールのプレーは、本質的に、どこが違うのか?

十分に理解できていないと思いますが、おそらく、「なにも違わない」のだと思います。ボールを強く打つという点では、実は、メシールはテニスの基本通り。他のプレーヤーとなんら変わらないのです。

なのに、なぜ、メシールのプレーは、相手の力を利用してボールを打つように見えてしまうのか?

それは、メシールのスタイルが、一見、「無理をしない、自然なフォーム」のように見えるからではないでしょうか?自然なフォームと言うのは、いいかえると、力が入らず、柔かいフォームと言ってもよいと思います。(確かに、メシールのストロークは、腕の力を利用しないスイングです。しかし、別項でも述べるとおり、実際には、下半身や背筋に非常に強い力がかかっています。背筋の力は外から見えにくいので、見る人は「力の抜けたフォーム」だと思ってしまうようです。)

しかし、「腕や肩に力の入らない(背筋の力を使う)フォーム」ということと、「ボールを強く打つ」と言うことは、実は両立するのです。正確に言うと、両立するのがメシールのプレースタイルなのです。繰り返しになりますが、メシールは、決して、「相手のボールの力を利用して」ストロークをしているわけではないのです。この点を間違えて解釈すると、メシールのプレーを理解することはできません。

これは、メシールのストロークが、「ボールを運んでいるように見える」と言うこととも関係します。メシールのような薄いグリップのフォアハンドストロークは、ボールをこすり上げる力と、ボールを押し出す力の比率が、他のプレーヤーと比べると後者にシフトするのは事実でしょう。しかし、その事実と、ボールを(強く)打つかどうかは、別の話です。ボールをしっかりと強く打ちながら、しかし、(スピン系のプレーヤよりは)ボールを押し出すというのが、メシールのストロークなのです。

メシールのフォームは、「制約の多い」フォームです。これは、薄いグリップで、(どんなボールに対しても)高い精度で面を作るためには必須です。この制約の多いフォームが、メシールのテニスを美しくしているのは事実だと思います。制約が多いのは、上述の通り、メシールのグリップの薄さからくる要請であって、これは避けることができません。制約が多いために、一見、メシールがボールを運ぶように打つかのように見えるのは、誤解なのです。いいかえると、メシールは、制約の多いなかでしっかりとボールを打つプレーをしているのです。


メシールのプレーを、もう一度、よく見てみてください。「飛んでくるボールを自分のものにする」「制約の範囲内でボールをしっかりと打つ」の2点が、はっきりと見えてくると思います。

もしかしたら、フォームに制約が多いために、その制約の中であればどんな形でもボールを強く打てる、と言うことが、メシールのテニスの特長なのかもしれません。テニスは、エラーをした方が負けるスポーツです。いかにエラーをせずに、しかし強いボールを打つかと言うことが、テニスの命題です。多くのプレーヤーは、スピンボールにその活路を見出してきました。スピンボールは、確かに、強く、しかし安全なボールと言えるかもしれません。

しかし、メシールが選んだ道は、フォームの制約により安全性を確保したうえで、制約の中でできるだけ強くボールをたたくと言うことだったのかもしれません。フォームを制約されているため、スピンプレーヤーほどは自由に、強くボールを打てないでしょう。しかし、安全性が確保されている中で、できる限り強くボールを打つということは、ボールのコントロール性が高いと言う利点と相まって、メシールのテニスを、他のプレーヤとは違う次元に持ちあげているように思えるのです。

このことは、いつか、もう一度、考えてみようと思います。