2013年8月5日月曜日

Mecir's Tennis (174) 難易度の高いメシールのバックハンド(コナーズとの比較)

1987年4月のWCTファイナル決勝で、メシールはマッケンローを下して優勝しました(記事はこちら)。この年のメシールは絶好調で、グランドスラムこそ決勝戦には出ていないものの、7つの大会で優勝しました。WCTファイルなるは、4月にしてこの年の4つ目の優勝で、この時点では年間賞金獲得ラインキングの1位にいたのがメシールでした。

実は、この年、メシールは初来日しています。このWCTファイルなるの翌週に開催されたジャパンオープン(サントリーがスポンサー)に出場するためです。ジャパンオープンでは2回戦からの出場でしたが、この2回戦の相手が福井烈(つよし)です。全日本のシングルスで7回も優勝した福井ですが、世界ランキングのキャリアハイは177位とほぼ世界では戦っていなかった選手です。今は、NHKのテニス解説者として有名です。

私は、WCTファイナルの決勝戦も、ジャパンオープンのメシール対福井のゲームもビデオを持っており、よく観ています。特に、福井はこの試合で第1セットは善戦し、5-5まで行ったナイスゲームでした。メシールはWCTファイナルの決勝戦から東京に直接入り出場するという強行軍だったとはいえ、当時の年間賞金獲得ランキング1位の選手によい試合をしたことが、ちょっと意外でした。

解説の森清吉さんの解説が印象的でした。「メシールが苦しんでいるのは、福井のボールが(普段、メシールが相手をしている選手と比べて)遅すぎるからなんです。」

ふと考えると、メシールにとっては福井戦のひとつ前の試合がWCTファイナル決勝(相手がマッケンロー)だったわけです。マッケンローと福井の世界ランキングの差から言っても、確かにボールスピードの落差はかなりのものだっただろうと思います。

実況のNHKアナウンサーが「面白いですねぇ、ボールが速くて打ち返せないというのは分かるのですが、遅すぎても難しいモノなんですねぇ」とコメントしていましたが、なぜ、遅いと難しいのかという話にはなりませんでした。

一般に、「相手のボールが速いとその力を活かすことができるけれど、遅いと自分の力で打たなくてはならないから」と言われています。このことを、もう少し詳しく、メシールのテニスという視点で考えてみたいと思います。メシールとコナーズのバックハンドストロークの比較を題材にします。以下は、コナーズのバックハンドストロークとメシールのバックハンドストロークの写真です。

コナーズのバックハンド


















メシールのバックハンド
この2枚の写真を比較するときに、一番の違いは背中の曲がり具合です。コナーズのバックハンドストロークは背中が曲がり、体の軸が前傾になっています。メシールのバックハンドは、背中がまっすぐ伸び、上体は地面に垂直です。

この2つは、どちらが正しい打ち方というのではありません。どちらもあり得ると思います。その違いは何かというと、ボールを打つ力が足の踏み込みを主とするか、背中と腕の力を主とするかです。

コナーズの場合は、まず、体重(重心)を低くして、足の位置をしっかりと決めます。そこから、体重を前に移動させつつ、体の回転と背中の力でボールをヒットします。軸がぶれないようにするためには、低い重心は有効です。コナーズのプレーをご覧になればわかりますが、地を這うようなスタイルで正確なコントロールでボールをヒットします(映像の例はこちら)。

では、メシールのバックハンドはどうでしょうか。メシールの場合、足の膝はしっかりと折れています。しかし、体全体の重心はコナーズのように低くありません。背中が伸びて体が立っています。これは、メシールのバックハンドではボールをヒットする主パワーが背中や体の回転から来ているわけではないことを示しています。メシールのバックハンドでは、主パワーは足の踏み込みです。具体的には次のようになります。
  1. まずは、飛んでくるボールに合わせてテイクバックをします。
  2. 次に、左足(バックハンドの軸足)の位置を決めます。
  3. バウンドにあわせて右足を踏み出します。その際、背筋はまっすぐ伸びています。
  4. 足の踏み出しの力(体重移動)でボールをヒットします。その際、ボールに順回転をかける場合や、相手のボールが弱い時などで自分の力でボールをヒットする場合には、体重移動で不足する分を背筋の力でボールヒットします。
ここで注目すべきは1と2の順番です。コナーズの場合には、例えばこの順番が逆になることがあります。より安定したストロークのためには、2でまず軸足を決めてから1のテイクバックをスタートする方がよい場合もあります。しかし、メシールの場合は、1と2が逆転することはありません。

それはなぜでしょうか。

コナーズの場合(というよりも、一般的には)軸足の位置を決めてラケットを引くところからスイングが始まるからです。メシールのストロークは、テイクバックが先に来ますが、その際にすでにスイングは始まっています。テイクバックのための軸足の位置を決めるのは、スイングの一部(途中の動作)であるわけです。

メシールの場合は、スイングの途中で軸足を決めて前足を踏み出して体重移動する部分がボールをヒットする力になります。背中はボールをコントロールする、言い換えると打ちたい場所にボールを打つ(運ぶ)ために使われます。

この打ち方は、度胸がいります。言い換えると、それができるようになるためには練習が必要です。プレーヤーから見ると、ボールに力を与えるのは、ラケットにより近い部位が望ましいのです。腕で打つのは誤差が大きくなるので誰も望みませんから、背筋を使いたくなります。それは、決して間違いではありません。

しかしメシールは、背筋を主体としてボールを打つ道を選びませんでした。ボールを打つのは体重移動です。膝の力が大切です。やってみればわかりますが、これは、なかなか膝の力が必要です。とにかく、コート上で膝を使います。疲れます。

しかも、これは、遅い球には弱いという弱点があります。遅い球を打ち返す場合には、足の踏み込みだけでは不十分で、どうしても背筋の力が必要です。コナーズのように体を傾けると背筋の力が使いやすいのですが、上体を起こしている場合にはあまり背筋の力が入りません。また、背筋は主としてボールコントロールに使いたいので、ボールヒットの力には使いたくないのです。

結局、メシールのバックハンドでは、相手のボールが緩い場合には、ある一定以上の強い球を打つことを諦めなくてはなりません。一球でポイントを取るのではなく、深く重い球をコントロールよく配球することで攻撃を組み立てることになります。これが、おそらく、メシールが(マッケンローとの試合後に)福井戦で苦戦した理由だと思います。福井の球は遅かったかもしれませんが、浅かったわけではないのです。深くて遅い球。メシールは意外にこういうタイプのボールが苦手です。

さて話を戻しますが、メシールのバックハンドで特に大切なのは、足の位置です。背筋を使った微妙な調整ができなのですから、足の位置が微妙にずれると、自分が打つボールはコントロールを失います。よいボールが打てるかどうか、ミスショットになるかどうか、これはボールを打つはるか前に決まってしまっています。つまり、足の位置を決めた瞬間に決まっているのです。

繰り返しになりますが、これが度胸がいる打法です。足の位置を間違えた瞬間に結果が決まるので、その後で背筋や腰の回転、腕などでの調整・補正は効きません。その代わり、足の位置がしっかり(正確に)決まったら、体の軸がぶれにくいので安定したショットが打てます。背筋が主パワーになりませんが、副パワーとして最大限の背筋の力を使うこともできます。

足の位置を先に決めて背筋の力でボールをヒットするコナーズと、足の位置を決めて前足を踏み出すことをパワーとして背筋をボールコントロールに使うメシール。もう一度、この視点で、上の写真を見てみてください。

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