2013年3月21日木曜日

Mecir's Tennis (138) 「方法」と「結果」の違いを意識すること

どのようなスポーツでもそうですが、「このように体を使うべし」というセオリーが示されることがよくあります。アマチュアプレーヤーは、いつも、「どうやって体を使えばこのショットが打てるようになるのだろうか」という情報を求めています。

実際、このブログでも、メシールのプレーする映像を参考に、いろいろなセオリーを書いています。

が、スポーツのセオリーで勘違いしやすいことの一つが、多くのセオリーは「結果」を述べているのであって、「方法」について書いているわけではないということです。この違いを理解しないと、「練習はしているのになかなか上達に結びつかない!」ということになりがちです。

このブログでは、私は「脳内イメージ」という言葉をよく使います。これは、「結果」と「方法」が異なることがあることを知っているからです。

例えば、メシールのフォアハンドでは、テイクバックでラケットヘッドは5時の方向を向きます。こちらの画像を見ても、すべてのショットでラケットヘッドが5時方向を向いています。

しかし、これは「結果」です。大切なのは、この「結果」になるために、どんな「方法」があるかを考える(意識する)ことです。つまり、「脳内イメージ」というのは、まさにこの「方法」であるわけです。

「方法」は「結果」ではありません。しかし、いろいろな読み物では、例えばトッププロの写真を掲載して、その「結果」を解説します。読者は、それを読んで、何となくわかったような気がします。自分でもできるような気がします。

しかし、実は、どうすればその「結果」を実現できるのかという「方法」については、必ずしも説明されているわけではありません。「結果」を分析や解説しても、そこに至るための「方法」がわからなければ、結果を得ることができないのです。


このように「結果」と(それを実現するための)「方法」を区別して考え、よい「方法」によってよい「結果」を得るということは、意外に見落とされている点だと思います。

さらに大切なことがあります。

見る⇒走る⇒打つというように連続動作で一つのプレーが構築される(複雑な)テニスというスポーツでは、ある「結果」が次の「方法」になることもあります。

例えば、よいサーブを打つための方法として「内転が大切だ」ということが一般に言われています。確かに内転はよいサーブを打つという「結果(=目標)」ための「方法」です。

しかし、内転を実現する方法がわからない人にとっては、今度は、その内転が結果(=目標)になります。その場合には、内転を(「結果」として)実現するための「方法」が必要になります。どのような脳内イメージ(つまり「方法」)で内転という「結果」を得るのか。その説明がない限り、いくら「よいサーブを打つ(「結果」)のためには内転(「方法」)が必要です」と説明して、内転しているサーブの写真を掲載しても、意味がないのです。

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