2014年1月20日月曜日

2014年全豪オープン4回戦 ナダルVS錦織(1) 錦織の戦略

私はテニスのプロではないので技術的なことはよくわからないが、2014年全豪オープン4回戦 ナダルVS錦織での錦織のプレーからその戦略を私になりに考えてみた。

まず目についたのは、錦織は、様子見のための単純な打ち合いをしなかったことだ。相手のナダルの出方を伺って…などというのは、チャレンジャーたる錦織の戦略ではない。それは、王者ナダルの戦い方だ。

錦織は、打ち合いの一本目から主導権を自分が握ろうとした。一本目でどちらかのサイドに相手を小さく振って、次の返球を待つ。その返球が甘いと判断したら、二本目はもう少し大きく逆サイドに振る。場合によっては、裏をかいて同じサイドに振ることもある。その返球次第で三本目で勝負に出る。バウンドして高く弾む前にボールをヒットしてオープンコートに打ち込み、そのままネットを取ったり、コーナーいっぱいを狙ったり、ショートボールやドロップボールを打ったりと、多彩な攻撃を仕掛ける。このゲームで再三にわたって奏効したドロップボールはこの「三本目」がこの試合でうまく機能したことを示している。

世界のトッププレーヤーの中では上背がない錦織だが、ボールを低い位置でも高い位置でも、またベースラインからでもサービスラインからでも多彩なショットが打てるので、一本目や二本目が相手の読みを外し、相手のバランスを崩す。その結果、この三本目が効いてくる。単純な攻めしかできないプレーヤーには考えられない戦略だ。この組み立てがきれいに決まると、そのポイントだけではなく、そのゲーム全体を有利に運びやすくなる。相手は、少しずつ精神的に追い込まれていくだろう。

まともに打ち合っては、高く弾むナダルのショットが上背のない錦織を苦しめるのは明らかだ。力対力の打ち合いでナダルに力の入りにくい高いボールを打たされて、多くの下位ランカーたちは試合をさせてもらえずナダルの前を敗者として通り過ぎていった。

錦織は違った。3本の組み立てをポイントの最初から使うことで、ナダルの跳ねるボールを打ち合うことを回避した。もちろん、その3本の組み立ては、すべてのショットに多少のリスクを伴う。自分のボールが甘いと一気に逆襲を受けるし、リスクが高い分だけ多少のミスは避けることができない。

このゲームの統計(STAT)で錦織のネットポイントとアンフォースド・エラー数がともにナダルの倍以上だったのは理由がある。ウイナーの数がナダルと錦織で同数だったのも同じ理由だ。繰り返しドロップショットを決めナダルを翻弄したのは、この1本目から2本目にかけてのおぜん立てがあってこのことだ。2013年ウィンブルドン男子決勝でのジョコビッチの意味のないドロップショットの繰り返しとは全く質の異なる、レベルの高い戦略に裏付けられていた錦織のドロップショットだったのだ。

3本で少しずつ厳しいボールを配給して相手を仕留める方法は目新しいものではない。しかし、現代の高速ストロークを主体とするテニスにおいてこれを実践するには、スピードに負けない反応の速さに加えて正確なコントロールと相手の裏をかくイマジネーションが必要となる。錦織は、パワーでは多くのトッププロに劣るが、これらのすべてのタレント(能力)を備えている。

極端なパワーや特殊な技術ではなく、厚いフォアハンドグリップであるにもかかわらずコートの中でコースを広く打ち分けることができ、かつイマジネーションあふれたプレーができる錦織には最適な戦略だ。ナダルが、この試合後のインタビューで「錦織はボールのコースを変えてくる」と指摘したのは、おそらくこのことだと思う。

Youtubeで見る数年前の錦織であれば、この戦略は難しかったと思う。このころの錦織のプレーは、今日の試合と比較するとまるでスローモーションのようだ。今の錦織には、この戦略が可能なだけの体の動きの速さがある。ほんの少し、おそらく、0.1秒程度であっても足の動きが遅れるだけで、ボールはもうネットしたりアウトしたりする。恐るべき高速な世界に錦織はいる。

この戦略がおおむねナダルに通用したことは、錦織の今後のプレーの方向性を確固たるものにしたに違いない。ナダルに通用するということは、世界のほとんどのプレーヤーに通用するということだ。あとはその精度を上げ、ボールの選択肢を増やしていくだけだ。それだけで、錦織はトップ10に必ず入れる。それが明らかになっただけでも、この敗戦の授業料は決して高かったとは思えない。

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