2013年10月31日木曜日

Mecir's Tennis (200) 古いテニス雑誌のメシールの記事(200回記念!)


このブログではメシールのテニス技術を分析してきたのですが、気が付くと200回になりました。同じことを繰り返し書いていたり、以前書いたことを後で修正したりと、必ずしも整理された内容ではないですが、読んでいただいている方には本当に感謝いたします。

いつか、内容をきれいに整理しようともっています。また、実は英文にして海外の方にも読んでもらえるようにしようかと思っています。いつか、メシール本人にも読んでもらえるとうれしいですね。

さて、今回は、200回記念として、1980年代後半のテニス雑誌のメシールに関する記事を掲載しようと思います。このころの雑誌は、もう古本屋などにもないので、メシールファンには貴重な資料だと思います。

Tennis Journal(テニスジャーナル)などの日本の雑誌の記事が中心ですが、一部、海外の雑誌の記事も掲載します。フランス語の記事は私も読むことはできないので、どなたか通訳してくださるとうれしいのですが…。

Tennis Journal


French (Coup de Poing)

Tennis Journal

2013年10月30日水曜日

Mecir's Tennis (199) Youtubeより

Youtubeに載っているメシールに関する動画像をいくつか紹介しておきます。

Miloslav Mecir動画像
多くのYoutube上のメシールの動画像を一つにまとめた。

添田豪対ミロスラフ・メシールJr.(2013年全米オープン予選)
メシールジュニア(息子)の方のゲームです。メシールの息子は、おなじMiloslav Mecirで、プロテニスプレーヤーです。残念ながら、お父さんの往年のプレースタイルとはかなり違うのですが。辛口のコメントが付いていました。In 1986, Miloslav Mecir beat Mats Wilander, Joakim Nystrom and Boris Becker on Louis Armstrong Stadium to reach the final of the US Open before falling to Ivan lendl. Now, 27 years later, his son plays on the same court where the father enjoyed such spectacular successes. But Mecir Jr. lacks the same amazing skills as his dad, and as you can see here, he makes so many unforced errors that it wouldn't matter even if he did.『1986年にUSオープンで、ミロスラフ・メシールはマッツ・ヴィランデル、ヨアキム・ニーストロム、ボリス・ベッカーに、ルイ・アームストロングスタジアムで勝利して、決勝戦に進んだ。決勝では、イワン・レンドルに対戦し敗れた。(訳注:この時、ミロスラフ・メシールはノーシードからの勝ち上がりだった。)そして、27年後に、メシールの息子が同じコートですばらしい勝利を挙げた。とはいえ、残念ながら、メシールの息子は父ほどのすばらしい技術を持ってはいない。そして、この映像でも多くのアンフォースド・エラーがみられる。』

ソウルオリンピック

2013年10月21日月曜日

Mecir's Tennis (198) フォアハンドは阿波踊り(マニアには垂涎モノ?の連続写真)

今のテニス雑誌には、もちろん、ミロスラフ・メシールのことが掲載されることはありません。私は、何度かスロバキアに行きましたが、首都ブラチスラバの大きな書店に行ってスポーツ書籍や雑誌のコーナーで探しても、テニスに関する書籍でメシールの名前をみつけることはありませんでした。スロバキアでは、メシールは、今でも有名人だそうですが。


この写真は、1980年代終わりごろのTennis Journalの雑誌をスキャナで読み取ったものです(1989年6月号)。こんな連続写真も、もう、雑誌に掲載されることはないでしょう。

Mecir's Tennis (195) 左手主導ではない!」において、メシールのフォアハンドでは左手主導ではないことを書きました。それを説明できる連続写真を探していたのですが、古いテニス雑誌(別稿で紹介します)の画像をスキャンしました。

それが上の連続写真(の一部)です。下に、そのうちの2ショットを示します。どちらのコマにおいても、右手と左手が平行になっているのが分かると思います。最近のフォアハンドの写真と比べてみれば、その違いは一目瞭然です。


下の写真ではスイングの間、ほとんどで両手が平行になっています。


最後のフレームなどは、明らかに「阿波踊り」のように両手が平行になっています。



特に、最後のフレームなどは、明らかに「阿波踊り」のように両手が平行になっています。また、Youtubeの連続写真の映像(アンドレ・ゴメスとの試合前の練習)でも「阿波踊り」がはっきりと確認できます。

メシールのフォアハンド(イースタングリップのフォアハンド)は、右手が主導するのでも、左手が主導するのでもありません。両手を平行にしたまま両腕でスイングするのです。

Mecir Tennis Forehand Tennis Classic Back Number Photo

2013年10月17日木曜日

Mecir's Tennis (197) 背中を伸ばして打つこと(自分を信じることの大切さ)

Mecir's Tennis (175) 背中を丸めないこと」において、ストロークにおいて、背中を丸めてはいけないという事を書いた。

プレーヤーはどういう時に背中を丸めてボールをヒットしてしまうのでしょうか?

それは、「十分な体勢でボールが打てないが、それでもボールを安全に打ちたい場合」です。言い換えると、「安全に相手のコートにボールを打ちかえす」場合に、プレーヤーは背中を丸くしてボールを打ってしまいます。

ボールを強く打つことは後回しで、まずは相手のコートに(狙った場所に)ボールを運びたいとき。そういう場合に、往々にしてプレーヤーの背中は丸くなります。

そして、これは、絶対にしてはならないことなのです。絶対に、背中を丸めてボールを打ってはいけません。

背中を丸めてボールをヒットすると、ボールを狙った場所に強く打つことはできません。どうしても、ボールを「置きに行く」打ち方になってしまうのです。

さて、では、どうすれば背中を丸めずにボールを打てるのでしょうか?

大切なことは、振り遅れないことです。構え遅れないことです。構えが遅れると、振り遅れます。背中を伸ばしてボールを打つ場合に、振り遅れてしまうとボールはまともにヒットできません。(逆に背中を丸めれば、多少の遅れには対応できます。)

振り遅れずに、準備を早めにして、ボールをしっかり打つ。これが大切です。

もう一つ、大切なことがあります。それは、精神的に受けに回らないという事です。常に攻撃します。常に次のボールを待ちます。ボールを打った瞬間に、それがネットしたりアウトしたりするのではという気持ちを、一切持ってはいけません。自分が打ったボールは絶対に相手のコートにバウンドすると信じます。それによって、相手のボールへの準備が早くなります。

準備が早くなると、振り遅れにくくなります。背中が丸まりにくくなります。よい方の循環が出来上がります。

初級であろうが、中級であろうが、上級であろうが、プロであろうが、レベルに関係なく共通していることなのです。「自分の打ったボールは必ず相手のコートに突き刺さる」と信じてボールを打つのです。

2013年10月15日火曜日

Mecir's Tennis (196) テニスの難しさ(ピースが一つだけ足りないジグソーパズル)

テニスのスイングはゴルフのショットや野球の打撃などと比較して、フォームのセオリーが確立していないスポーツだと言われています。止まって打つことができるゴルフや野球のバッティングと違い、移動してから打つ(または移動しながら打つ)ことや、ボールを打つ範囲が広いこと、また飛んでくるボールを打つことなど、ボールとスイングの関係が複雑だからでしょう。

空間3次元と時間(つまりタイミング)の4次元でボールを打ち返す正確さがスイングに求められるのがテニスの特徴であり、また難しさです。

多くの教科書はあるものの、実はそれらもまだ試行錯誤の段階であり、絶対的な教科書がないのが世界のテニス界の現状です。実は、テニスの教科書はトップ選手を追いかけます。教科書がトップ選手を作るのではなく、トップ選手たちが教科書を作っているのです。正しいフォームを身に着けたらトップランカーになるのではなく、トップランカーが正しいフォームを決めているのです。そのために、テニスの技術には「流行」が発生します。つまり、その時その時で、時代とともに教科書の内容は変わり、いまだに何が正しい技術なのかを理解している人がいないのがテニスです。同じサイズのコートで、同じ規格のボールを使い、同じ規格のラケットを使っているにもかかわらず、です。(ラケットはずいぶん進化しましたが。)

このブログでは、現在の教科書を追いかけるのではなく、1980年代後半のメシールのテニスを分析してきました。そして、私自身がその技術を実証するために、コート上で試行錯誤してきました。

その経験の中で最も難しいと感じることの一つは、「ピースが一つでも足りないジグソーパズルは未完成である」ということです。部分部分は正しいフォームであっても、たった一つが足りないために、スイング全体としては0点になってしまうことがあります。

これは、特にテニスという複雑なスイングにおいては無視できないジレンマです。どこかで妥協して60点のスイングで納得するか、あくまで100点を目標にしてそれまでは0点でも我慢するか。

先日、あるテニスのインストラクターと話す機会がありました。そのインストラクターは、私に前者を勧めました。おそらく、ほとんどのインストラクターやコーチは、前者を勧めるでしょう。そして、60点を70点に、70点を80点に積み上げていけばよい、と言うでしょう。

が、私はそれを良しとしません。なぜならば、60点のフォームを70点にアップグレードすることはそんなに簡単ではないからです。多くの場合、60点のフォームを70点にするために、一度0点に戻すか30点に戻すか、これまでのフォームの多くの部分を解体しなくてはならないことがあります。

テニスのフォームは、積み上げ型ではありません。積み上げ型であれば、10点分を単に足し算すればよいのですが、そんな単純ではないのです。60点のフォームを完成させれば、多くの場合はそのまま60点のフォームでテニスをすることになります。70点に、80点に上げるためには、一度グレードダウンをする覚悟が必要です。その難しさを理解せずに、テニスの上級者は簡単に「上達」という言葉を使います。

テニスのフォームを理解する際に大切なのは、最初から「ピースが欠けたジグソーパズルは0点になる可能性がある」ことを知っておくことだと思います。「理屈では正しいはずなのに、ボールが思うように飛ばない」のであれば、ほかに修正個所があるということです。そこで、せっかく正しい部分を調整して、結果的に60点のフォームにならないように気を付けたいのです。

正しいフォームを一つ一つ積み上げること。そして、完成までは安易な妥協をしないこと。これがテニス技術習得において重要なことなのではないかと考えています。

2013年10月14日月曜日

Mecir's Tennis (195) 左手主導ではない!

ちょっとしたことですが、とても大事なことがあります。タイトルの「左手主導ではない!」は、右利きのフォアハンドについてのメッセージですが、そんな「ちょっとしたことだけれども大切なこと」の一つだと思います。

最近の多くのテニスプレーヤーのフォアハンドストロークは(右利きの場合は)左手主導型だと思います。つまり、フォワードスイングで左手がまず前に出て、それに引きずられて右手が出てきます。左手が体の回転とスイングを誘導するのです。

例えば、下のナダルのフォアハンドです。右腕(右利きであれば左腕)で体を回転させた後で体は正面を向いていますが、ラケットを持つ左腕(右利きであれば右腕)はまだインパクトすらしていません。おへそはネット方向(12時方向)を向いているが、ラケットを持つ手はまだインパクトをしていないのです。つまり、ラケットを持つ腕が体の回転(フォワードスイング)に対してかなり遅れて出ていることがわかります。


さて、メシールのフォアハンドはどうでしょうか。フラットドライブ系のメシールのスイングは、最近のスピン重視のスイングとはちょっと異なります。脳内イメージで言うと「左手主導型」ではなく、「左手と右手が一緒に動く」イメージです。

左手が主導しないので、スイングの意識は右手で振る(より正確には両手を同時に振る)イメージです。両手で同時に振るというのは、例えばハンマー投げのイメージかもしれません。

言い方を変えると、徳島の阿波踊りのように両手が平行にうごく脳内イメージです。(とはいえ、これはあくまで脳内イメージであって、実際のスイングでは両手が平行に動くことはありません。)



この脳内イメージを別の表現をするならば、右腕主導でスイングするが、左手も動かすという事になります。右手だけでラケットスイングをして、左手は死んでいる(たとえば垂れ下がっている、折れ曲がって体にくっついているなど)状態はNGです。

あくまで、右腕が動きながら左腕も同じ方向に動く(回転する)のです。もちろん、その際、両肩がそれと一緒に動きます。以前書いた、「えもんかけの理屈」です。

スピン系のボールは、インパクトよりも前にラケットスイングが加速します。加速する途中でラケットはボールをヒットします。この場合は、左手で先にスイングを開始し、ラケット速度を稼いでから、右手でインパクトという手順で打つことができます。

一方、イースタングリップなどの厚い当たりのフォアハンドは、インパクトよりも先にスイング加速が始めるイメージではありません。ラケットをボールに当ててからボールを強く押し出すイメージです。したがって、インパクト前にラケットスイングを加速してしまうと、インパクト後に大きなフォロースルーが取れないフォームになってしまいます。

これが、両腕が平行になる、左手主導にならない理由です。

この「阿波踊りスイング」のためには、テイクバックで左手が体の前に来なくてはなりません。つまり、フォアハンドテイクバックで左手をラケットに添えておくのです。そうすると、自然に左手は体の前に来ますので、その後フォワードスイングで両手を同時に回転させればよいのです。

実際にスイングをしてみればわかりますが、両腕を同時に使うとメシールの打ち方では力の使い方がとても効率的です。腰の回転と両腕の回転が同期しますので、力の制御がしやすいのです。薄いグリップのプレーヤーは試す価値があると思います。

メシールのフォアハンドはスイングが(驚くほど)ゆっくりだと言われていました。その理由も、左手と右手が腰や肩の回転と一緒に行われることによるものだと思います。



2013年10月10日木曜日

ガエル・モンフィス ~今、ナダルに勝てるプレーヤー~

今(2013年)の現役のプロテニスプレーヤーで、ミロスラフ・メシールに一番近いと思うのは誰か?
今(2013年)の現役のプロテニスプレーヤーで、私が見ていて一番楽しいのは誰か?

私には、この二つの質問の答えは、同じです。

ガエル・モンフィス。フランスの黒人テニスプレーヤーです。

現在行われている上海での大会で、モンフィスはフェデラーに勝って4回戦に進みました。私は、モンフィスのプレーを見るのが好きです。怪我が多くて、なかなか上位ランカーになれないモンフィスですが、現在のトップ選手の誰にでも勝つ力を持っていると思います。

プレーが柔軟で、イマジネーションにあふれていること。
相手のボールの力を一度ラケットが吸い取って、力をのあるボールを打ち返す技術。
無駄な力が一切なく、体を効率的に使って打つことができる。

こんなところが、メシールとそっくりで、そして魅力的です。

無駄な力が少なく、生きたボールを打つことができるのは、ナダルと正反対です。150の力で150のボールを打つナダルと、80の力で120のボールを打つモンフィス。

いつかモンフィスは、ナダルに勝てるような気がします。ナダルのような力のテニスを、技のテニス(と言ってよいでしょう)のモンフィスが打ち破るところを、是非見てみたいです。

ナダルがこれでもかという力で打ち込むボールを、その力を吸収して、ナダルが嫌な場所に軽々と運ぶモンフィス。そんなシーンが目に浮かぶのです。そのテニスは、ジョコビッチにも、マレーにも、すべてのプレーヤーに対して有効な技術となるでしょう。

2013年10月8日火曜日

Mecir's Tennis (194) 結局スイングは膝主導・膝が使えないとネットが増える

グランドストロークは腕で打ってはいけないと言います。背筋を使うのが効果的だと言います。肩をえもんかけのようにして回転すると言います。スイングを主導するのは腰の回転だと言います。

しかし、一番の主導、そして主動となるのは膝です。膝がスイングを支配します。ニーワークです。

面白いことですが、テニスでグランドストロークの技術は、末端の技術ほど上級者とそうでない人で差が際立ちます。末端というのは、つまりスイングの中で一番最後に来るものということです。

スイングでは、最後に手がラケットを振ります。その前が腕です。そして肩の回転です。その前に来るのが腰です。膝は一番最初です。

グリップや腕の振りは個性が出ます。また、技術も明確に出ます。肩の回転や腰の回転は、腕の振りほどではないですが、タイミングなどは技術が出ます。

それらと比べると、膝は地味です。違いも分かりにくい部分があります。

が、膝は最も重要です。腕の振り方、肩のまわし方、腰の回転などの「目に見える技術(スイング)」が見に着いたら、つまりそれらを意識せずにも正しいスイングができるようになったら、プレー中の意識をすべて膝に置きましょう。

ステップワーク、ボールの高低への対応、スイングのタイミング、これらはすべて膝によって主導します。

膝が使えなくなったら、結果にすぐに表れます。ボールがネットし出します。私事ですが、先日、ある大会で敗退した後、知り合いに「前半はネットが多かったね」と指摘されました。私は、なるほどと思いました。自分ではネットが多いと意識していなかったのですが、確かに膝が使えていないなとゲームの後半で気付いたからです。

私は、「テニスからテニスへ」というブログを愛読しています。技術的には素晴らしい解説が、そこでは展開されています。そして、膝が使えないとネットが増える、というそのままの記事を見つけました(記事はこちら)。

2013年9月27日金曜日

広島東洋カープ・前田智徳の引退

プロ野球・広島東洋カープの前田智徳が引退会見を開いた。いよいよ、来る時が来たのかと思った。

プロ野球とプロテニス、日本と世界、全く違う土俵で、違う時代に戦っていて、おそらく互いのことは知らないであろう前田とメシール。しかし、その美しいプレースタイルと、選手生活の最後を怪我との戦いで終えたという点で、この二人に共通の何かを見てしまうのは私だけだろうか。

私は、野球の打撃理論は分からないが、前田のバッティングフォームが美しいことはよく分かる。ここがこうだからというのではなく、ただ美しい。それは、メシールのテニスと同じだ。本当に美しいものは、誰にだってそれがわかるのだ。美しさを感じだけならば、専門家である必要はない。

もし私がテニスではなく野球をしていたら、きっとメシールの代わりに前田のバッティングフォームを分析したことだろう。前田のバッティングフォームは、そう思わせるものだった。誰か、これまでに分析した者はいるのだろうか。私がなぜこうまで美しいと感じるのか、誰か教えてほしい。

実は、私は前田の記者会見やインタビューには、引退記者会見を含めても、ことばの含蓄というものを感じない。落合博満やイチローの様に、ことばが示唆に富んでるわけではない。前田を求道者と呼ぶことがあるが、プロに徹しているだけのように思う。むしろ、ことばが豊かではないために、モノ言わず努力する求道者に見えるだけなのではないか。

前田のことばには、ただ、怪我との戦いの苦悩と焦りと、自分に対するいらだちとあきらめがあるだけだ。それは、どちらかというと、求道者というよりは、治癒が期待できない闘病者の言葉に近い。前田のことばから感じるのは、含蓄ではなく、焦りだけだ。

よく知られている「前田智徳はもう死にました」ということばは、究極の一人称目線だ。自分を、野球を客観的な目で見ることができる落合とは全く違う。前田は優秀なマネージャー(たとえば監督)になることはないだろう。前田は、一人のプレーヤーでしかない。

だからこそ、そのプレーの美しさは際立つ。生き方や考え方から、その話す言葉からは感銘を受けないという事は、純粋にそのプレーがすばらしいという事だ。皮肉にも、豊かとはいえない前田の言葉や態度が、前田のプレーの真の美しさを証明している。

あの美しい打撃フォームを見れなくなるのは寂しい。怪我は別とすれば、年齢的なものを全く感じることがなかったのが前田の打撃フォームだった。私には、この20年間で前田の打撃能力が全く変わっていないように見えた。実際、打席数は少ないというものの、前田は40歳を超えても3割を打っている。年齢は関係ないと言いながらも、明らかにこの数年間で打率を落としている30代後半のイチローとは違うのだ。(戦う土俵が違うので二人を比較はできないのは当然だが、両者を自分たちの若いころと比較することはできる。)

年齢を理由に引退する前田のイメージは、私には持てなかった。引退直前のメシールもそうだった。そのプレーを見る限り、年々技術を極めつつあった。40歳になってもプレーできるのではないかと、メシールのプレーを見ていて思った。50歳になってもバッターボックスに立つ前田のイメージも、同じように私は持っていた。

そこにはおそらく、センスや感覚と言った抽象的で感覚的なものではない、確かな技術があるからなのだろう。ゆるぎない技術があれば、年齢はあまり重要ではない。

であれば、誰かがその打撃技術を分析し、誰かがその技術を引き継ぐべきだ。野球選手であれば、野球に精通する者であれば、それができるはずだ。私がメシールのプレーを、その技術を後世に残したいと心から思っているように。

前田智徳とイチロー:目指す場所が異なる二人の”天才”

2013年9月26日木曜日

Mecir's Tennis (193) 思い切って完全に横を向いてしまおう!(”インサイドアウトのコツ”続編)

Mecir's Tennis (181) なぜインサイドアウトなのかにおいて、インサイドアウトのスイングの意味について書きました。フォアハンドにおいて、インサイドアウトを実現する簡単な方法があります。

それは、「顔以外は全て3時方向を向いてしまう」ということです。


メシールのテイクバックの写真を見てみてください。顔は正面を向いていますので気が付きにくいのですが、この写真で指でメシールの顔を隠してみてください。隠すのは顔の部分だけです。

気が付きましたか?顔以外は、すべて横を向いているのです!時計で言うと(ネット方向を0時として)足も腕も体も、すべてが3時方向を向いています。大切なのは体です。「おへそ」が3時方向を向いていることが大切です。

これは、コート上での脳内イメージとも一致します。ボールが飛んできたら、顔はボールを見る(ほぼ正面を向く)のですが、体は完全に横を向いてしまいます。

当然ですが、ボールは体の(つまり3時方向に)離れたところに置きます。体の真正面(0時方向)においてはいけません。言い換えると、体とボールはかなり離れている感覚になります。

慣れるまでは、完全に横を向いてしまうのは難しいかもしれません。が、いったん慣れてしまうと、なんという楽な打ち方だろうと思うようになります。

2013年9月24日火曜日

Mecir's Tennis (192) スピンサーブのコツ:右足を後ろに蹴り上げよう

連続写真は、メシールではなくアンディー・ロディックのサーブです。メシールとは全く違うタイプのプレーヤー(ビッグサーバ)ですが、最後から2コマ目の右足を見てください。後ろに跳ね上がっています。

これは、ほとんどのサーバで同じようになるのですが、体が回転するのを止めるために意識的または無意識に行っていることです。どうしても体が回転してしまってスピンサーブを打てないプレーヤーは、意図的に右足を蹴り上げることで、体の回転を止めることができるかもしれません。


Mecir's Tennis (191) メシールがビッグキャットと呼ばれた理由

現役時代に「あまり動いていないように見える」と言われていたメシールですが、一方でビッグキャットというあだ名をもらっていました。一見矛盾するこの2つの事柄は、ある一つのことを示しています。

それは、メシールは(ちょうどレンドルのように)「どたどた」「どたばた」とは走らず、むしろ「すっ」と、別の擬音語を使うと「するする」と動いていたという事です。

メシールのビデオをみて、メシールの『最初の動き』をよく分析してみました。相手がボールを打った時に、どのようにメシールの体が反応しているか。今と違い、クオリティーの低いビデオの時代のプレーですので、正確な分析はできません。

が、よくよく見てみると、メシールのプレーでは、相手がボールを打つとまず足が動き始め、ボールがバウンドしてインパクトを迎えるまで、少しでも良い体勢で打つように足を動かし続けています。一方で上体は最小限の動きしかしておらず、かなりコンパクトなスイングです。(メシールのプレーをご存知の方であれば、このコンパクトさはよく分かると思います。)

最初の一歩目が極めて早いという事はありません。「アンティシペーション(anticipation:予測)がすばらしい」と評されていたメシールですが、相手が打つボールを予測して動いているようには見えません。

ただ、相手のボールがネットを超える前から、最初の一歩目を動かしています。速い時には、ボールがネットを超えるまでに2,3歩も動くことがあります。

動かす足にルールはなさそうです。右足から動くことも、左足から動くこともあります。

メシールのフットワークのルールを、ビデオを観る中でまとめると、次のようになりそうです。

  1. 相手ボールがネットを超える前には足が動き始める。最初に動く足にルールはない。
  2. (ランニングショットを除くと)ボールがバウンドするまでに足の位置(特に軸足の位置)を決める。
  3. 上体はシンプルに使う。ボールの変かは、基本的には下半身の動きでコントロールする。
とくに、2がメシールがビッグキャットと呼ばれている理由ではないかと思います。ボールがバウンドした時点で軸足ができており、メシールはそこ(=ボールがバウンドしたタイミング)からフォワードスイングに入ります。それは、まるで、ボールをフトコロに呼び込んで、自由自在にボールを打ち分けているように見えます。

相手がボールを打ったら(ボールがネットを超えるまでに)素早く動き始め、ボールがバウンドするときには軸足を決めている。これが、メシールのフットワークのポイントのようです。

2013年9月23日月曜日

Mecir's Tennis (190) 教科書に載っているが分かりにくいスピンサーブを打つコツ

Mecir's Tennis (188) スピンサーブを打つコツ(1)では、腕を脱力して背筋だけでサーブを打つ方法を紹介しました。今回は、もう一つのTIPSについて書きたいと思います。

スピンサーブを安定して打つために大切なポイントとして挙げられるのが、左腕と両肩を一直線にすることです。これは確かに大切で、安定したサーブを打つためには左腕と両肩が一緒に動く必要があります。

教科書によく書かれているこの点ですが、トスアップ後に、つまりトロフィーポーズで、左腕と両肩を一直線にするのは、意外に簡単ではありません。

それはどうしてでしょうか?


 


トスアップでは、左腕は体の前からスタートします。つまり、大げさに書くと、腕の方向と両肩の方向は平行ではなく、どちらかというと垂直に近いわけです。上の連続写真の1枚目を見てください。

この点が教科書では分かりくい点です。教科書ではまるで、左手が両肩と体が作る面の中で動くように書いてあることがあります。実際には、左手のトスアップの動きはむしろこの体の面に垂直に近いのです。

つまり、両肩と左腕が一直線になるのは、左腕が両肩を結ぶ体の面(線ではなく面)の中に来る時です。左肩を蝶番(ちょうつがい)として左腕をだんだん上げていき、その腕が体を含む面になるまで上げて、初めて左手と両肩が直線状になります。

これは、正確に言うと「真上から見たら直線になる」ということであり、両肩と左腕には多少の角度はあるかもしれません。が、真上から見たらまっすぐになっていることが大切です。

上の連続写真を見てください。最後に、メシールの両肩と左手が直線状になっていることが分かります。

Mecir's Tennis (189) 教科書には載っていないスピンサーブを打つコツ

スピンサーブがうまく打てずに悩んでいる人が比較的多いと思います。今回は、2回に分けて、スピンサーブを打つコツ(TIPS)を紹介したいと思います。一つは教科書に載っていないコツ、もう一つは教科書に載っているのに分かったようで実は分かっていないコツです。

「スピンサーブの打ち方」というハウツーが世の中にはあふれていますが、どれを試してもうまくいかない人が多いのではないでしょうか。時々、スイングだけはマニュアル通りで逆にぎこちないというか、表現は悪いですが頭でっかちな打ち方になっているプレーヤーも見かけます。

ここでは、スピンサーブを打つために必要なコツの一つを書きたいと思います。それは、腕の力を完全に抜いて、背中に力を入れて打つことです。背中には、力をいくら入れても構いません。腕には力を入れてはいけません。

ラケットスイングは、教科書にあるように下から上に振り上げます。(後ろから前に打ってはいけません。)

この方法は、実は、ラケットスイングをボールを打つ瞬間に速くするコツです。スピンサーブを打つという事は、インパクトの前後のラケットの動きなどとは別に、ボールを打つ時に素早くラケットを振るという事が求められます。ボールに回転をかけるのですから、ボールがラケット面にヒットする間にラケットが素早く振りぬけなくてはならないのです。

腕に力を入れると、どうしてもラケット面方向にラケットを振ってしまいます。それは、スピンサーブにとっては逆効果になります。腕に極力力を入れず、背中(背筋)でラケットを振ることで、ラケットスイングをボールと垂直方向にしやすくなるのです。


Mecir's Tennis (188)  フォアハンドのインパクトからフォロースルーにかけての左手の位置について

フォアハンドのインパクトからフォロースルーにかけての左手の位置について、メシールと比較的グリップが近いフェデラーと比較してみたいと思います。

まず、フェデラーです。連続写真では、3枚目から4枚目のインパクトからフォロースルーにかけての左手の位置を見てください。これらを2枚目のフォワードスイングと比較すると分かりますが、フェデラーのフォアハンドでは、左手が先行して動き、その後で右肩が回転してくることが分かります。





フェデラーの3枚目とメシールのインパクトの時の左手の位置を比較してみてください。メシールは、インパクトで左手が胸の前にあることが分かります。これは、メシールのフォアハンドは、フェデラーのように左手が主導して体を回転しているのではないことを示唆しています。






下の2枚の連続写真を見ても、左手主導で体のターンをしているわけではないことが分かります。メシールのフォアハンドは、右腕を遅らせてその分ラケットを使ってスピンボールを打つのではなく、左手を胸の前で残すことでインパクト後に右腕を伸ばしていきボールを運ぶようなうち方であることが分かります。メシールは、あくまで腰の回転で体をターンします。左手はその間ずっと左胸の前にあります。テイクバックで左胸の前に置いた左手は、インパクトからフォロースルーまでずっと左胸の前にあります。これがメシールのフォアハンドです。




フォロースルーでも、最後まで左腕が左の胸の前にあることが分かります。これにより、スピンが効いた威力のあるボールは打ちにくいですが、狙ったところに安定したボールを打ちこむことができるのです。






2013年9月21日土曜日

Mecir's Tennis (187)  攻撃型と守備型についての考察

テニスで攻撃的、守備的という区分けは比較的簡単です。サーブアンドボレーヤーは攻撃的、ベースライナーは守備的。メシールの時代で言えば、マッケンロー、エドバーグ、ベッカーなどは攻撃的、メシール、ヴィランデル、レンドルは守備的と言ってよいでしょう。

最近のプロテニスでは、サーブアンドボレーヤーをほとんど見かけなくなったので、上の意味での攻撃的プレーヤーは少なくなりました。かといって、ベースライナーは守備的という印象でもありません。ベースラインから攻撃するというイメージでしょうか。

ここでは、ベースライナーとボレーヤーの比較を別の視点でしてみたいと思います。

例えば、誰もいないコートでベースラインの1~2mぐらい後ろに立って、ネット方向を見てみてください。そして、ネットの向こうからボールが飛んできて自分がそれを打ち返すことを、頭の中でイメージしてみてください。

さて、今度はサービスラインから1~2mぐらい後ろに立って、同じことをイメージしてみてください。この場合は、自分のコートでボールがバウンドするのではなく、ボレーをするイメージになると思います。

この二つの違いは、ワンバウンドでボールを打つかノーバウンドでボールを打つかの違いですが、それだけではありません。もう少し別の、意識の違いがあると思います。

その二つの違いは、いわば舞台監督と演者(役者)の違いです。舞台監督は、舞台の外から演者を見ます。自分は舞台に立ちません。そして、常に舞台全体を見渡します。

一方、演者は自分が舞台に立ちます。演者に必要なのは、舞台の上での自分の立ち位置です。自分がどこに立ち、どのように振る舞っているかを意識することになります。

相手コートを見ながら、サービスラインから少しずつ下がってみてください。ベースラインから2mぐらい下がったところで、プレーヤーは演者から舞台監督の視点でコートを見る瞬間があると思います。自分の体のことを意識せずに済む瞬間です。

コートの中に体がある間は、プレーヤーは3次元空間の中でボールと自分の位置関係を常に意識し、それを測ります。コートの外に出た途端に、プレーヤーの意識はコート(舞台)でバウンドしたボールをどの場所で打つかに切り替わります。意識は3次元的ではなくどちらかというと2次元的になります。(実際にボールを打つ瞬間にはボールの高さを意識しますが。)

この2つの違いは、私には攻撃的と守備的というよりは、攻撃的と戦略的という言葉に近いように思います。自分の体を意識してボールをヒットする攻撃型プレーヤーと、ボールがコートの中でバウンドする場所を想定してどの場所でどこにボールを打ち返すかを考える戦略型。

この意識の違いは、別項でもう少し考えてみようと思います。

2013年9月18日水曜日

Mecir's Tennis (186) 練習ではうまく打てるのに試合になるとダメな人へ(2) フットワークとニーワークだけでこんなにうまくいく

 
練習ではうまく打てるのに試合になるとダメな人へ(1)では、ポジショニングが練習と試合で違ってしまっている場合について書きました。

今回は、フットワークとニーワークについて書きます。

試合でも練習でもよいのですが、横から見ていて「癖のある変な打ち方だなぁ」と見える人がいます。この人とならゲームをしたら勝てそうだ(自分のほうが技術的に上回っている?!)と、試合前は思います。しかし、試合になったら勝てない。打つ様子は格好良くなくても、ミスをしない。いいボールがコートに返ってくる。

それはなぜでしょうか?

その理由の一つが、フットワークです。フットワークといっても、ステップワークという意味ではありません。ボールの位置までの足の動きではなく、いざボールを打つ段になってテイクバックをする時点(つまり足の位置が決まってしまった後)でボールに対する足の置き方がよいということです。

ボールが飛んできたときに、よい位置に足を置くことができる人は、スイングフォームに癖があっても安定したボールを打つことができます。普段、ボールを打つ機会が十分にあるプレーヤーであれば(つまり初心者でない限りは)、テイクバックまでに良い位置に足を置いていれば、そのままスイングすればほぼすべてのボールはきちんとネットを超えて相手のコートにボールは収まります。

例えば、足の位置をきちんと決めておいて、ちょうどボールが打ちやすい場所に球出しをしてもらってみてください。極端な言い方をすれば、どんな打ち方をしてもボールはきちんと相手コートに返ります。言い換えると、試合でこの場所に足を置くことができたら、安定したストロークを打つことができるということになります。

どの場所が一番良いかは、その人のスイングフォームに依ります。したがって、言い換えると、自分のスイングに合った一番良い足の位置を見つけることが、試合で安定したストロークが打てるキモになるわけです。

ただし、ニーワークができていない場合は、話は別です。上のようにちょうど良い場所にボールを出してもらった場合、膝を柔らかく使えないと、ボールが相手コートに収まらないことがあります。足の位置はよいのだけれども、スイングを足が妨げてしまうのです。例えば、膝を突っ張ったままボールを打つ場合などがそれです。

メシールは、当時のプロテニスプレーヤーの中でも特にニーワークがよかった選手でした。190㎝の長身にもかかわらず、良い足の位置で、柔らかい膝の動きでボールをヒットしました。いわゆる「腰が低い」打ち方です。

だから、メシールのストロークは「上体が立っている」と言われていました。異なる高さのボールに対しても、膝を曲げることで上体とボールの位置関係がいつも一定だったのです。

試合になると、ミスが最もいけないことです。ミスをしないため、安全に打とうとしてつい背中が曲がってしまうことはないでしょうか。絶対に背中を丸めてはいけません。背中を伸ばし、背筋を伸ばして、両肩を地面と平行にしてボールに対応します。その分、足の位置とひざの柔らかい使い方には、最新の注意を払います。

これが、試合で安定したボールを打つために必要なことです。

2013年9月17日火曜日

Mecir's Tennis (185) 練習ではうまく打てるのに試合になるとダメな人へ(1) ポジショニング

練習ではうまく打てるのに試合になるとダメな人は、比較的多いと思います。「練習では試合のように打ち、試合では練習のように打つ」とよく言われます。試合では緊張したり、ミスをしないことを優先するあまり、腕がビビる状態になるのでしょう。メンタルがその理由だということです。

確かに、それは、誰しもが経験することです。が、理由はそれだけでしょうか?

たとえば、特別な大会ではない気楽な、しかもできれば自分が普段、比較的勝率の良い(いわゆる格下の)相手と練習試合をしてみてください。その時には、緊張せずに練習と同じプレーができたとしましょう。その場合には、試合ではよいプレーができないのはメンタルが理由である可能性が高いと思います。

が、もし、そんな気楽なゲームであってもよいプレーができなかったら?そういうことは、実際にはあります。それは、もはやメンタルが理由ではなく、技術的な問題です。練習と試合で自分の何が違うのか、よく考えてみる必要があります。

たとえば、写真はメシールの試合のある場面です。メシールは、ベースラインから1mか1.5mぐらい下がったところで構えています。これは、特に変わったことではなく、多くのプレーヤーはこのあたりでボールを待つでしょう。ぷろだけではなく、ほとんどのアマチュアプレーヤーもおそらくこのあたりにポジショニングするでしょう。でも、試合ではどうでしょうか。実は、ベースライン近く(たとえばベースラインの上)にポジションしていませんか?


グランドストロークの練習では、相手がドロップショットを打つことはほとんどありません。したがって、安心してベースラインの後ろに下がってポジションをとります。ベースラインから下がってポジショニングすることには、多くの利点があります。①相手の打ったボールを長い間待てる(時間の余裕ができる)、②(薄めのグリップのプレーヤーが一般には不得意な)高い打点のボールを打たずに済む、③足元の難しいボールを避けることができ、下がりながらボールを打つ必要も少なくなる、などです。自分が打つ場所がネットから離れますので、その分、一球で仕留めるようなボールは打てません。が、ベースライン後ろからいきなりエース級のボールを打つことは、いずれにしてもめったにないことです。

しかし、試合となると、常にドロップショットのことを頭に置かねばなりません。一球でもドロップショットを決められたり、またはドロップショット攻撃を受けたりすると、ついそれが頭にあり、ポジショニングが前になります。ベースライン上や、場合によってはベースラインの中にポジションしてしまったりすることがあります。

そうすると、上の①~③の正反対の状況になりますので、逆にプレーヤーは不利になります。そして、ボールコントロールが難しくなり、だんだんと「自滅」していくわけです。

こんなことが理由で、「練習ではうまくいくけれども試合になるとダメ」というケースもあります。そういう人は、他にもメンタルではなく技術的な点で練習と試合で何か違いがないか、考えてみることには価値があると思います。

【追記】
ただし、ベースライン後ろにポジショニングができないケースがあります。それは、サービスを打った直後です。メシールも、サービス直後はベースラインの中(または上)あたりにポジションを取ります。サーブの勢いでコートの中に体が入りますので、これを避けることはできません。ただし、これは、もともとサービスで相手を押し込んでいると考えると、確率的には(普段のストロークよりも)浅いボールが来る可能性が高いので、大きな問題にはならない(むしろ、攻撃できるのでちょうど良い)と言えます。もちろん、逆に深いリターンが返ってくることがありますので、その場合にはすぐに下がって、そのボールをしのがなくてはなりません。

Mecir's Tennis (184) テイクバックで左手を前に伸ばさない理由

フェレールのフォアハンドは、まっすぐ伸びた左手が特徴的です。

一方、メシールはテイクバックで、左手を前に出します(重要!)が、左ひじを突き出すというのが正しいイメージかもしれません。
 
 
この一番の違いは、肩甲骨を使うかどうかです。(やってみたらわかりますが)両肘がテイクバックでまがっている方が、肩甲骨を使いやすいのです。

肩甲骨を使うというのは、つまり、両肩を(えもんかけのように)一緒に使うということです。これにより、右手だけがスイングをする、いわゆる「手打ち」になりません。

プロ野球をご存知でしたら、広島東洋カープの前田投手のマエケン体操を思い出してください。マエケン体操は、腕を伸ばしてはできません。えもんかけのように両肩を使うメシールの打法では、フェレールの様な左手の使い方は考えられないのです。



2013年9月9日月曜日

Mecir's Tennis (183) オープンスタンスのポイント:左ひざを折り込む

メシールは、プロテニスプレーヤーの中で初めてオープンスタンスを主体としてフォアハンドを打った選手だと言われています。より正確に言うと、ほとんどのボールをフォアハンドで打った初めての選手がメシールです。実際、メシールのビデオを観ていると、短いボールなどを除いては、ほとんどのフォアハンドショットをオープンスタンスかセミオープンスタンスで打っています。

今は一般的なこの打法ですが、メシールが活躍した1980年代は、フォアハンドは左足(右利きの場合)踏み込んで打つというのが基本であり、常識でした。メシールの同時代にもっとも強力なフォアハンドヒッターであったイワン・レンドルなどがその典型でしょう。レンドルはオープンスタンスでボールを打つこともありましたが、パンチ力のあるボールを打つ時にはしっかりと左足を踏み込んでいました。

オープンスタンスでフォアハンドを打つ場合に気を付けることはなんでしょうか。いくつか重要なポイントがありますが、そのうちの一つが左足です。

写真は、メシールのフォアハンドのテイクバックです。オープンスタンスです。左足に注目してください。この時、左足は、①膝が折れて沈み込んでいる、②膝が前ではなく横方向(2時~3時方向)を向いている(そのために左のくるぶしがネット方向を向いている)ことが分かります。それに合わせて、③右足も折れている状態となります。③は、左足が折れていますので右足が伸びていると、両肩が地面に水平にならないという点で必要です。

写真を見ると、両足のつま先がネット方向ではなく、横方向(2時~3時方向)を向いていることが分かります。つまり、体全体が横方向を向いているわけです。

この、左足の膝を内側に折り込む(絞り込む)状態を作ることが、オープンスタンスのフォアハンドでは重要です。脳内イメージとしては、膝の外側をネット(相手方向)に向ける感覚がよいかもしれません。

この姿勢を作ることで、自然に体の全体が横を向き、左肩が前(ネット方向)に出て、左手が前(体の前)に伸びる上体が出来上がります。骨盤が時計方向に回転し、その後のフォワードスイングの準備が出来上がります。体が横を向いているので、体が開きにくい上体です。しかも、そのまま、インサイドアウトでラケットを振ることができます。(⇐インサイドアウトのコツ





このフォームは、左足を踏み出して打つ場合(スクエアスタンス)には不要です。あくまで、オープンスタンスで打つ場合のポイントとなります。

2013年9月3日火曜日

全米オープン2013 哀愁のフェデラー

全米オープンは、毎年8月の終わりから始まり、9月の頭までの間にニューヨークで開催される。9月頭といえばまだ暑い日が続くが、それでも少し秋の気配が感じられるようになるシーズンだ。これから暑くなるという季節に開催される全仏オープンや全英オープンと比較して、少しさみしい、それとなく哀愁を感じはじめる季節に開催されるのが全米オープンだ。

全米オープンは、グランドスラムの中でも最もにぎやかで喧騒の会場で開催される。格式やファッションとは縁遠い、「お祭り」という言葉がぴったりくるこの会場と、一方で哀愁を感じる季節感のコントラスト。それが、私にとっての全米オープンだ。

今年の3つのグランドスラムで決勝にさえも進むことができなかったフェデラーは、全米オープンでも同じく決勝の文字が付かない4回戦で敗退しそうだ。ランキングが高いとは言えないスペインのロブレロを相手に2セットダウンとなり、ロブレロがよほどミスを繰り返さない限りもはや挽回は望めそうにない。

これまでのロブレロに対してフェデラーは10勝0敗だそうだ。それはそうだろう。ロブレロのように正攻法ではあるがプレーに特段の工夫のないプレーヤーに対して、イマジネーション豊かなフェデラーのプレーが負けるはずがないからだ。いや、なかったからだ。

この季節と相まって、「哀愁のフェデラー」という言葉が、このゲームのフェデラーのプレーにはぴったりくる。フェデラーはガッツを前面に出すタイプではないので、なおのこと哀愁が漂うのかもしれない。

工夫のないロブレロのプレーに対して、持てる技術をすべて出して戦うフェデラーだが、大切なポイントが取れない。ロブレロのプレーは確かに確実で安定しているが、フェデラーのように意外性や戦略性に富んでいるわけではない。ただ、フェデラーの組み立てが功を奏さない。意外性のあるプレーは、それなりのリスクを伴うわけだが、今のフェデラーはそのリスクに負けてしまう。

フェデラーは、ロブレロに苦戦しているというよりも、自分の作ったプレースタイルに苦戦しているように見える。恐らく、全盛期であれば面白いように決まった攻撃パターンが功を奏さない。しかしフェデラーは、それでもロブレロと正面切って打ち合いを続けたりはしない。バリエーションを使って試合を自分のペースに持ち込もうとする。それがフェデラーのテニスだからだ。

そのテニスが、今、はっきりと通用しなくなっている。フェデラーは、それでも、自分のテニスをやめたりはしないだろう。ただ打ち合うだけのテニスで勝ち残ることを、フェデラーは決して選択しないだろう。

秋風の季節が終わり、長袖のシーズンになること、フェデラーはどんな結論を出すのだろうか。

今、この瞬間にフェデラーの2013年全米オープンが終わった。

Mecir's Tennis (182) インサイドアウトのコツ

Mecir's Tennis (181)でインサイドアウトの理由を書きましたが、フォアハンドのスイングをインサイドアウトに行うコツがいくつかあります。

一つ目は、フォワードスイングをインサイドアウトにするためにテイクバックを同じラケットの軌道にする必要は必ずしもないという事です。

たしかに、ラケットを引いたとおりに振れば、スイングは安定します。フォワードスイングでインサイドアウトになるラケット軌道と同じ軌道でテイクバックすることは有効です。

しかし、相手の打つボールは様々で、また、自分がボールを打つ場所も様々です。この形でラケットを引くことができないこともあります。そのような場合に無理をすると、逆にスイングが不安定(体の使い方に無理が出る)ことになります。

したがって、テイクバックはもっと自由に行っても構いません。ややアウトサイドインにテイクバックをしても、フォワードスイングでしっかりとインサイドアウトに振ればよいのです。

もう一つのコツは、右ひざ(から足首まで)とラケットの連動です。フォワードスイングでは、インサイドアウトしながら、かつ、ラケットが下から上に上がります。同時に、骨盤とひざの回転と上体(肩⇒ラケット)の動きが同期します。

これを実現する簡単な方法が、ラケットを右ひざの前(横)におき、膝の回転とラケットの回転を同期させて行うことです。それにより、ラケットは自然に下から上に動き、かつ、下半身の動きにラケットが引っ張られます。繰り返しますが、ラケットが右ひざの横からインサイドアウトでアップワードに出ていくイメージです。それを誘導するのが右ひざ(右足)という事になります。

2013年9月2日月曜日

Mecir's Tennis (181) なぜインサイドアウトなのか

現代テニスでは、フォアハンドをアウトサイドインで巻き込むように打つそうです。「今どきのテニス」は分からない私には、その理由は(まったく)分かりません。

ただ、私が若いころは、スイングはインサイドアウトだと教わりました。メシールのテニスは「昔のテニス」ですので、もちろん、スイングはインサイドアウトとなります。

その理由はなんでしょうか。とても簡単な理由です。

図を見てください。スイングの軌道では、インパクトまで(つまりフォワードスイングで)はスイングのベクトルは必ず外側(右側)を向きます。(インパクト後は内側(左側)になります。)

スイングの軌道は、したがって、インサイドアウトになるわけです。これはごく自然なことです。むしろ、インサイドアウトにスイングせずにボールをヒットする方が難しいはずです。

また、テイクバックで左肩を入れるのが有効であるのも、これが理由の一つです。左肩を入れることで、体が開かず、スイングがインサイドアウトになりやすくなります。

さらに付け加えると、インサイドアウトでスイングする(つまりインパクト前)には、体重移動も同じ方向に向けます。つまり、フォワードスイングでは、体重移動もインサイドアウトとなります。

スイングと体重移動が一致するという事は、フォワードスイングにおいてスイングがスムーズになります。無理ない自然なスイングができます。これが、メシールのフォアハンドが美しい理由の一つなのです。

なお、フォワードスイングは、ボールを打つ方向に振りだすのが基本です。インサイドアウトが維持することも、その後アウトサイドインにターンすることもあります。前者が逆クロス、後者が順クロスの場合になります。


2013年8月28日水曜日

全米オープン2013 男子1回戦 あっという間の錦織敗退

何の気なしにテレビをつけていたら錦織の1回戦が始まったので、初めから終わりまで観戦してしまいました。観戦する気がなかったという事は、つまり、「今の錦織だったら1回戦敗退はないだろう」と思っていたという事です。こんなふうに、今の錦織のことを「当然のように3回戦、4回戦にまで進む選手」というイメージで思っている人は多いのではないかと思います。

が、フェデラーだって、ナダルだって、1週目に敗退するのです。錦織がそうなっても決しておかしくはないのです。でも、それにはやはり理由があるはずです。今の錦織は、もはや理由なく早いラウンドで敗退する選手ではないでしょう。

実際、ゲームを見ていた印象では、200位近いランキングの英国の選手(ダニエル・エバンス)は、十分に強かった。ランキングから想像されるひ弱さは全く感じませんでした。一方で、錦織についても、そんなにひどいプレーのようには、私には見えませんでした。(最後の数ゲームは勝利をあきらめてしまったようでしたが。)

グランドスラムで錦織の早いラウンドのゲームを観ることが少ないので、私の想像なのですが、同じ「3回戦、4回戦までは当たり前に勝ちあがる」プレーヤーの中でも、トップ10の選手と錦織はちょっと勝ち上がり方が違うのかなと思いました。多くのトッププレーヤーは何かしらの強烈な武器を持っており、調子がまだ十分に出ていない早いラウンドであっても、たとえば調子が70%ぐらいであっても、その武器で相手を押し切ってしまうのでしょう。

その点、錦織はこれといった圧倒的な武器を持っているわけではないので、早いラウンドから自分のプレーを例えば90点以上で出さねばなりません。それが80%以下に落ちてしまった場合には、相手が90%のプレーをした場合に早いラウンドでも勝利は危うくなります。

試合を見ながら、「錦織の武器は、特定のショットではなく、早いラウンドでも90%の力を出すことができることそのものなのかな」と、ふと思ったりしました。これは、毎週のように世界のどこかで戦う選手にはなかなか辛い条件です。錦織はどのラウンドであっても90%の力が出ないと、自分の武器を失うという事になります。

常に高いアベレージでの能力を発揮することができることは、安定したプレーにつながります。これが錦織の取りこぼしの数を減らし、早い段階での敗退を減らし、ファンたちがドローを見ながら「錦織が負けるとしたら4回戦の○○選手(シード選手)」などと考える理由なのでしょう。

錦織が90%の力を出すという意味の中には、ゲームの早い段階で相手の弱点や自分がポイントを取るパターンを見つけ出し、それを確立するという事があるように思います。錦織は、いったん自分のパターンを確立すると、そのパターンを軸として、今度はパターンにバリエーションを付けたり、またはそのパターンを逆手にとったりしながらゲームを自在に作っていきます。

実際、このゲームも、第1セットでリードするまでは、自分のパターンを作りつつあるように私には見えました。しかし、相手のペースが上がってきて、その軸がぶれだしたときには、軸となるパターンを修正しながらのゲームとなります。錦織にとって都合がよいのは、相手が(自分にとって嫌な)パターンを崩そうとしてプレーに強引さや無理が出てくることで、逆に自らミスを重ねていく場合です。おそらく、これが錦織にはもっとも「都合の良い」ゲーム運びなのでしょう。錦織のゲームで、そのような勝ち方をすることを時々見ます。

一方で、このゲームのエバンスのように自ら崩れることなくプレーを修正することで(つまりプレーの精度を上げることで)パターンをずらしてこられた場合には、錦織は別のパターンを考えなくてはならなくなります。その部分に、まだ錦織の若さというか、未熟さを感じます。今回の敗退は、そこで次のパターンを作ることもできず、また、今のパターンを軸として自分に有利なパターンに仕上げていくこともできなかったことにあるように感じました。

ショットのパターンではなく、プレーのパターンを複数持つことができ、さらにそれらを組み合わせて試合を進めることができる時、錦織はさらに強くなるのかもしれません。

2013年8月27日火曜日

Mecir's Tennis (180) テイクバックで肩を入れるためにラケットをうまく使いましょう

フォアハンドミスの一つに、左肩が十分に入らないということがあります。いわゆる、体が開くという症状です。

これを避けるために、テイクバックでラケットをうまく使う方法があります。つまり、左手でラケットを持ってそのラケットを(体の前で)ボールの飛球方向と平行になるまで回すイメージです。
これにより、いくつかの利点があります。
  • 左肩がきちんとネット方向を向く。
  • 左手でラケットを持つためにテイクバックが大きくなりすぎない。
  • ラケットとボール(の飛球線)の距離を取ることでボールに近づきすぎない。
  • どんな時でも(たとえばランニングショットや高い打点の時でも)ボールと体(=ラケット)の距離を一定に保つことができる
フォワードスイングでは、ラケットを持っていた左手を前に出していき、その力で体を(フォワードスイング側に)回していきます。そのタイミングは、遅すぎると振り遅れます。スイングよりも早く左手を前に出していくイメージが大切です。早すぎても構いません。(どちらにしても、右腕は送れて出てくるのですから。)

2013年8月21日水曜日

Mecir's Tennis (179) 腕が遅れて出てくることと打点が後ろになることは別の話なのです!

グランドストロークにしても、サーブにしても、サービスラインまでを使ったショートテニスで強く(または大きなフォームで)ボールを打つことができるかどうかが、その人のテニスのレベルを示すとよく言われます。

スピンを打ちにくい薄い(イースタン)グリップでは、ショートテニスでしっかりとボールを打つのはなかなか容易ではありません。簡単にサービスラインを超えてしまいます。とは言え、無理やりのスピンボールを打ったのでは意味がありません。

つまり、実は、イースタングリッププレーヤーこそ、技術レベルを確かめるのにショートテニスは有効なのです。

では、どうすればイースタングリップでショートテニスで強いボールを打てるか。これは、通常のグランドストロークでコントロールされた安定した順回転ボールをコントロールして打つにはどうすればよいかという事と共通です。

ポイントは、打点を前に置くという事です。言い換えると、テイクバックで右手を後ろに引かないという事です。右腕を体の前に固定します。三角巾で腕を固定しているイメージです。
ただし、腕を完全に固定してしまうと自由度が失われてしまいます。この感覚(脳内イメージ)は伝えにくいのですが、腕の自由度は保ったまま腕を固定します。腕を固定しておき、タイミングを腕で採るという感じがよいかもしれません。(タイミングをとるという事は、ある程度は自由度があるからです。)

そして、この体勢からスイングします。ボールの打点は、自然と前の方になります。そうすると、インパクト前後で腕が使いやすく、ボールに回転をかけやすくなります。

このイメージで一番難しいのは、ボールを打つパワーをどこからもらうのかという事です。多くの場合、フォアハンドでは大きなテイクバックによりスイングの勢いを作ります。この打ち方は、テイクバックがほとんどないという脳内イメージですので、パワーは別のところからもらわなくてはなりません。

ポイントをいくつかまとめておきます。
  • テイクバックが小さい分、大きなフォロースルーを取ること。
  • 大きなフォロースルーを取るために、ボールに近づきすぎないこと。
  • ボールをよく見ること(少なくとも、相手のボールが自分のコートでバウンドするまでは目で追いかけること)。これは、小さなテイクバックですのでスイートスポットをはずとボールにパワーを伝えることができないからです。大きなテイクバックで、(多少スイートスポットを外しても)ラケットの勢いでボールをヒットするという技は使えないのです。
  • テイクバックで左手をラケットに添えること。これにより、テイクバックが大きくなることを防ぐと同時に、左肩が開くのを防ぐことができます。
  • テイクバックで添えた左手を、フォワードスイングでスイングを誘導する役割で使うこと。右手でフォワードスイングするのではなく、左手でフォワードスイングします。
  • 右手は少し遅れて出てくるイメージ。左手がフォワードスイングを引っ張り、左肩が開きます。続いて右肩が開き、右手が遅れて出てくるイメージです。一番最後に右手が出てくるのです。
右腕が遅れて出てくるイメージは、例えば、こちらの動画像を見てみてください。メシールのフォアハンドは、腕が遅れて出てくるとよく言われます。それは、打点が後ろになっているという事ではないのです。この2つをごっちゃにしてはいけません。





2013年8月20日火曜日

Mecir's Tennis (178) フォアハンドトップスピンロブの打ち方

私は厚いグリップでフォアハンドを打ったことがないので比較はできないのですが、トップスピンロブについては薄いグリップの方が打ちやすいのではないかと思います。薄いグリップでのフォアハンドのトップスピンロブの打ち方をまとめると、次のようになります。

  • フォロースルーは右肩の上(頭より右側)
  • ラケットはほぼ真上に振り上げるイメージ
  • ボールの外側をこすり上げるイメージ
  • 最後まで腰(骨盤)の回転を使わず途中で止めるイメージ
案外難しいのは3番目の、骨盤の回転を途中で止めるイメージです。普段は、大きく骨盤を回転させてフォロースルーするからです。トップスピンロブの場合には、それを途中で止めなくてはなりません。

そのために有効なのは、テイクバックでラケットを普段のストロークよりも体の後ろに持っていくという方法です。これにより後ろ側に余分にテイクバックが取れる分だけ、骨盤の回転も多く使えます。テイクバックでは思い切ってぐっと後ろにねじ込んでから、その分だけフォロースルーを止める。これがコツです。

そして、その分、スイングを前ではなく上に行います。これさえ守れば、薄いグリップのフォアハンドでは、トップスピンロブは比較的打ちやすいショットです。フォームも、通常のグランドストロークとあまり変わらない(途中までは)ので、見破られにくいという利点もあります。

なお、この打法でスイングを上ではなく前にすることで、メシールはストレートのパッシングショットを打つことがあります。スイング方向とボールの飛ぶ方向が同じであるためボールをコントロールしやすいもその理由だと思います。

2013年8月15日木曜日

Mecir's Tennis (177) ステップワークと体重のかけ方・背中を曲げないこととの関係

背中を曲げないこと」ではグランドストロークでは背中を曲げない、上体を起こすと書きましたが、正確にはやや前傾姿勢になります。これは、以前、「体重のかけ方」に書きました。

大切なことは、「体重のかけ方」の図にあるように、お尻を突き出すことです。これにより、上体が突っ立つことなく、しかし背中を丸めずに肩をえもんかけのように使うことができます。

ただし、これをステップワークでも行うことは簡単ではありません。お尻を突き出しながらコート内をフットワークするのは足への負担が大きすぎます。

とは言え、この体勢を取らずにステップワークして、ボールを打つ時にいきなりお尻を突き出すのも簡単ではありません。

結局、ステップワークではお尻の突き出し方、背中のそらし方などを比較的「楽に」行っておき、ボールを打つ際にしっかりとお尻を突き出します。それでもやや体の負担は大きいのですが、しかし、ステップワークからスムーズにボールヒットにつなげるためには、やはり、必要なことです。ステップワークで膝を突っ立てたり、逆に膝を曲げすぎたり、背中を丸めたり、逆に上体を立てすぎたりすることは避けるべきです。

Mecir's Tennis (176) 緩いボールの打ち方(打点について)

フラットドライブ系の打ち方をしていると、相手の緩いボールに対応しにくいことがあります。それは、ボールの軌跡が直線的ではなく放物線的になるため、ラケットスイング(水平に近い軌道)と合わないからです。

厚いグリップのスピナーには一番の「ごちそう」が、イースタングリップには意外に苦手であったり、チャンスを活かすことができなかったりします。


スピードはないので時間的な余裕はあるはずです。この場合に、どのような打点を選ぶか。

高い打点は、バウンドの頂点でボールが止まったところでボールをヒットできます。したがって、水平スイングでもそれほど打ちにくくありません。したがって、高い打点で打つというのは一つの考え方です。その代わり、高い打点では力は入りにくいという欠点があります。チャンスボールなのに、どちらかというとサービスボールを返球してしまうことがあります。したがって、高い打点を選択するのであれば、それはアプローチショットで使う場合です。力のあるボールを打つことは難しいため、コースをついて相手を走らせ、自分はネットを取る場合に限るべきです。

そうではない場合、つまりグランドストロークとして打つ場合は、打点を落とします。そして、イースタングリップであっても、下から上のスイングでスピン系のボールを打ちます。スピナーの様なぐりぐりスピンを打つ必要はありません。しかし、順回転のかかった重いボールを打つようにします。少なくとも、高い打点よりは力のあるボールが打てるはずです。強いスピンは不要ですが、その代わりにパワーの乗ったボールを打つのです。一球でノータッチエースを取る必要はありません。ただし、可能であればコースを狙い、次の甘いボールを誘うことができるボールを打ちます。

遅い、ゆるい球は、つい高い打点で打ちたくなります。が、それは間違いです。しっかりボールを落として、一番力が入るところで打つのが基本です。イースタングリップであっても。

Mecir's Tennis (175) 背中を丸めないこと

以前、「えもんかけとフォアハンド」で、肩をえもんかけのように使うことを書きました。この事は、メシールのグランドストローク(フォアハンド、バックハンドの両方とも)が上体が地面に垂直になっているように見えることと関係しています。

メシールのグランドストロークをまとめると、次のようになります。
  • 上体が立っているように見える。
  • 両肩をえもんかけのように使う。
これは、言い換えると、「背中を丸めない」という事につながります。

背中を丸めてしまうと、上体を立てることができません。上体は、前かがみになってしまいます。

背中を丸めてしまうと、両肩を張る(えもんかけのように)こともできません。肩をすぼめた状態になってしまいます。

この事は、フォアハンド、バックハンドで強い球を打つためには大切な点です。強いボールを打つために、どこにエネルギーをため込むか。これは、フォアハンドであれば右肩の内側、バックハンドであれば左肩の内側です。フォアハンドで右肩を張ることで、右肩の内側(脇のそばの筋肉)に力を入れます。バックハンドはその反対です。(この箇所は、大胸筋というようです。)

これは、テイクバックでしっかりと肩を張る(えもんかけのように)ことで実現できます。背中を丸めてしまうと、それができないのです。その結果、安定はしているがパワーのないボールしか打つことができません

メシールのグランドストロークは、コントロールとボールのパワー(いわゆる重いボール)が命です。正しいフォームは安定したコントロールをもたらしてくれます。これまで、ボールコントロールができるための正しいフォームについて多くの記事を書いてきました。

もう一つの大切な点が、ボールノパワ―です。そのためには、背中を丸めないこと、えもんかけの両端にしっかり力を入れることが大切なのです。そうすれば、自然に背筋でボールを打つことになります。背筋に力を入れるという脳内イメージは、時として背中を丸めることにつながります。大胸筋に力を入れるというイメージの方が、正しい脳内イメージです。

この、両肩の内側(脇のそばの大胸筋)に力を入れるのは、サーブ、ボレーなどでも同じです。

2013年8月5日月曜日

Mecir's Tennis (174) 難易度の高いメシールのバックハンド(コナーズとの比較)

1987年4月のWCTファイナル決勝で、メシールはマッケンローを下して優勝しました(記事はこちら)。この年のメシールは絶好調で、グランドスラムこそ決勝戦には出ていないものの、7つの大会で優勝しました。WCTファイルなるは、4月にしてこの年の4つ目の優勝で、この時点では年間賞金獲得ラインキングの1位にいたのがメシールでした。

実は、この年、メシールは初来日しています。このWCTファイルなるの翌週に開催されたジャパンオープン(サントリーがスポンサー)に出場するためです。ジャパンオープンでは2回戦からの出場でしたが、この2回戦の相手が福井烈(つよし)です。全日本のシングルスで7回も優勝した福井ですが、世界ランキングのキャリアハイは177位とほぼ世界では戦っていなかった選手です。今は、NHKのテニス解説者として有名です。

私は、WCTファイナルの決勝戦も、ジャパンオープンのメシール対福井のゲームもビデオを持っており、よく観ています。特に、福井はこの試合で第1セットは善戦し、5-5まで行ったナイスゲームでした。メシールはWCTファイナルの決勝戦から東京に直接入り出場するという強行軍だったとはいえ、当時の年間賞金獲得ランキング1位の選手によい試合をしたことが、ちょっと意外でした。

解説の森清吉さんの解説が印象的でした。「メシールが苦しんでいるのは、福井のボールが(普段、メシールが相手をしている選手と比べて)遅すぎるからなんです。」

ふと考えると、メシールにとっては福井戦のひとつ前の試合がWCTファイナル決勝(相手がマッケンロー)だったわけです。マッケンローと福井の世界ランキングの差から言っても、確かにボールスピードの落差はかなりのものだっただろうと思います。

実況のNHKアナウンサーが「面白いですねぇ、ボールが速くて打ち返せないというのは分かるのですが、遅すぎても難しいモノなんですねぇ」とコメントしていましたが、なぜ、遅いと難しいのかという話にはなりませんでした。

一般に、「相手のボールが速いとその力を活かすことができるけれど、遅いと自分の力で打たなくてはならないから」と言われています。このことを、もう少し詳しく、メシールのテニスという視点で考えてみたいと思います。メシールとコナーズのバックハンドストロークの比較を題材にします。以下は、コナーズのバックハンドストロークとメシールのバックハンドストロークの写真です。

コナーズのバックハンド


















メシールのバックハンド
この2枚の写真を比較するときに、一番の違いは背中の曲がり具合です。コナーズのバックハンドストロークは背中が曲がり、体の軸が前傾になっています。メシールのバックハンドは、背中がまっすぐ伸び、上体は地面に垂直です。

この2つは、どちらが正しい打ち方というのではありません。どちらもあり得ると思います。その違いは何かというと、ボールを打つ力が足の踏み込みを主とするか、背中と腕の力を主とするかです。

コナーズの場合は、まず、体重(重心)を低くして、足の位置をしっかりと決めます。そこから、体重を前に移動させつつ、体の回転と背中の力でボールをヒットします。軸がぶれないようにするためには、低い重心は有効です。コナーズのプレーをご覧になればわかりますが、地を這うようなスタイルで正確なコントロールでボールをヒットします(映像の例はこちら)。

では、メシールのバックハンドはどうでしょうか。メシールの場合、足の膝はしっかりと折れています。しかし、体全体の重心はコナーズのように低くありません。背中が伸びて体が立っています。これは、メシールのバックハンドではボールをヒットする主パワーが背中や体の回転から来ているわけではないことを示しています。メシールのバックハンドでは、主パワーは足の踏み込みです。具体的には次のようになります。
  1. まずは、飛んでくるボールに合わせてテイクバックをします。
  2. 次に、左足(バックハンドの軸足)の位置を決めます。
  3. バウンドにあわせて右足を踏み出します。その際、背筋はまっすぐ伸びています。
  4. 足の踏み出しの力(体重移動)でボールをヒットします。その際、ボールに順回転をかける場合や、相手のボールが弱い時などで自分の力でボールをヒットする場合には、体重移動で不足する分を背筋の力でボールヒットします。
ここで注目すべきは1と2の順番です。コナーズの場合には、例えばこの順番が逆になることがあります。より安定したストロークのためには、2でまず軸足を決めてから1のテイクバックをスタートする方がよい場合もあります。しかし、メシールの場合は、1と2が逆転することはありません。

それはなぜでしょうか。

コナーズの場合(というよりも、一般的には)軸足の位置を決めてラケットを引くところからスイングが始まるからです。メシールのストロークは、テイクバックが先に来ますが、その際にすでにスイングは始まっています。テイクバックのための軸足の位置を決めるのは、スイングの一部(途中の動作)であるわけです。

メシールの場合は、スイングの途中で軸足を決めて前足を踏み出して体重移動する部分がボールをヒットする力になります。背中はボールをコントロールする、言い換えると打ちたい場所にボールを打つ(運ぶ)ために使われます。

この打ち方は、度胸がいります。言い換えると、それができるようになるためには練習が必要です。プレーヤーから見ると、ボールに力を与えるのは、ラケットにより近い部位が望ましいのです。腕で打つのは誤差が大きくなるので誰も望みませんから、背筋を使いたくなります。それは、決して間違いではありません。

しかしメシールは、背筋を主体としてボールを打つ道を選びませんでした。ボールを打つのは体重移動です。膝の力が大切です。やってみればわかりますが、これは、なかなか膝の力が必要です。とにかく、コート上で膝を使います。疲れます。

しかも、これは、遅い球には弱いという弱点があります。遅い球を打ち返す場合には、足の踏み込みだけでは不十分で、どうしても背筋の力が必要です。コナーズのように体を傾けると背筋の力が使いやすいのですが、上体を起こしている場合にはあまり背筋の力が入りません。また、背筋は主としてボールコントロールに使いたいので、ボールヒットの力には使いたくないのです。

結局、メシールのバックハンドでは、相手のボールが緩い場合には、ある一定以上の強い球を打つことを諦めなくてはなりません。一球でポイントを取るのではなく、深く重い球をコントロールよく配球することで攻撃を組み立てることになります。これが、おそらく、メシールが(マッケンローとの試合後に)福井戦で苦戦した理由だと思います。福井の球は遅かったかもしれませんが、浅かったわけではないのです。深くて遅い球。メシールは意外にこういうタイプのボールが苦手です。

さて話を戻しますが、メシールのバックハンドで特に大切なのは、足の位置です。背筋を使った微妙な調整ができなのですから、足の位置が微妙にずれると、自分が打つボールはコントロールを失います。よいボールが打てるかどうか、ミスショットになるかどうか、これはボールを打つはるか前に決まってしまっています。つまり、足の位置を決めた瞬間に決まっているのです。

繰り返しになりますが、これが度胸がいる打法です。足の位置を間違えた瞬間に結果が決まるので、その後で背筋や腰の回転、腕などでの調整・補正は効きません。その代わり、足の位置がしっかり(正確に)決まったら、体の軸がぶれにくいので安定したショットが打てます。背筋が主パワーになりませんが、副パワーとして最大限の背筋の力を使うこともできます。

足の位置を先に決めて背筋の力でボールをヒットするコナーズと、足の位置を決めて前足を踏み出すことをパワーとして背筋をボールコントロールに使うメシール。もう一度、この視点で、上の写真を見てみてください。

2013年7月16日火曜日

Mecir's Tennis (173)  コントロールこそ命(フラットドライブ系の利点を活かす)

特に、浅い球を打つ場合やアプローチショットで差が出ます。スピン系のフォアハンドとフラットドライブ系のフォアハンドの違いです。

厚いグリップのフォアハンドプレーヤーが浅いボールをスピンのかかった強くたたいでネットに着くのを見て、うらやましく思うことがあります。イースタングリップでは難しいショットです。

イースタングリップでは、したがって、それをコントロールで補います。コースを狙い、ピンポイントで狙い打ちします。

スピン系は、さすがに、ピンポイントでのコントロールは容易ではありません。(プロレベルは別でしょうが。)フラットドライブ系は、その点は有利です。その利点を活かさねばなりません。

もう、とにかく、コントロールが武器です。少なくとも、浅いボールで一発でパッシングショットを打たれるボールを打つことだけは許されません。スライス、フラットドライブを混ぜ合わせ、ストレート、クロス、逆クロスと打ち分けて、最低でも攻撃されないショットを打ちます。

そして、すぐに攻撃の態勢に入ります。自分が打ったボールを見てはいけません。相手を見ます。そして、スプリットステップで相手のロブがないと見たら、一撃でポイントを取りに行きます。

アプローチショットでノータッチエースをとろうとしてはいけません。リスクが大きすぎる~です。あくまで、コントロールで勝負です。そのためには、ラケットをしっかり振りきることです。フォロースルーが小さいくなると、必ずコントロールが効かなくなります。テイクバックは小さく手もよいですし、力の入れ具合は0:100ぐらいの意識でOKです。フォロースルーが全てです。

2013年7月15日月曜日

Mecir's Tennis (172)  サーブのフォームと野球の投球フォームの違い(サーブではどこに力を入れるか)

これまで、何度か、テニスのサーブのフォームと野球の投球フォームの違いを書いてきました。
ちょっと考えると分かるのですが、サーブと野球の投球フォームでは、決定的に違うことがあります。それは、野球では左足(右投げの場合)を上げてボール投げるが、テニスでは足を上げないという事です。

そんなの当り前…なのですが、これが、いろんなことを示唆しているように思います。

まず、テニスのフォームで(野球の)ピッチングをしたらわかるのですが、いわゆる「女の子投げ」になってしまいます。左足が地面に着いたまま(またはほとんど着いたまま)では、下半身が使えないので、上体だけでボールを投げざるを得ません。

にもかかわらず、テニスでは、力強いボールを打たねばなりません。さて、どうすればよいか。

多くのポイントがあると思いますが、いくつか、挙げてみたいと思います。
  • 腕や肩に力を入れない。
腕や肩に力を入れると、ボールを打つ力がそこに集中してしまいます。下半身が使えないテニスのサーブでは、局所的に力を入れることは、フォームが不安定になります。一球、二球はよい球がいっても、連続で打ち続けることは容易ではありません。
  • 右手首を使わない
野球の投球フォームとの大きな違いの一つは、右手首の使い方(右利きの場合)です。テニスでは、フォワードスイング(インパクト直前)までは右手首を使いません。しかも、手のひら側に曲げるので、(野球経験者はとくに)手首は固定しておくほうがよいのです。野球では、「スナップを効かせる」という言葉がありますが、手首を手の甲側に曲げて投げます。ボールをリリースする瞬間に、手首を今度は手のひら側に倒します。この癖があると、テニスではかなり苦労します。フォワードスイングで手首が手の甲側に倒れると、ラケット面が開いてしまいます。そうなると、ラケットはネット方向にスイングされ、フラットボールしか打てなくなるのです。
  • 体全体を使う
したがって、テニスの場合には、できるだけ体全体を使ってサーブを打ちます。クイックサーブは(フラット系の場合を除いては)好ましくありません。大きなフォーム、とくに大きなフォロースルーでボールを打ちます。
  • 右手首だけ、または右肘より先にだけ力を入れる。
体全体に力を抜くのはよいのですが、ラケット面の微妙な違いがボールの安定感につながります。
前述のとおり、手首を手の甲側に倒すのは、テニスのサーブでは絶対にしてはいけないことです。フォワードスイング(のインパクトに近いタイミング)までは、右手首は手のひら側に倒しておきます。このことを考えると、手首にだけは少し力を入れてラケット面を固定することが有効になる場合があります。(特に、無意識に手首を功側に倒してしまう野球経験者には有効です。)さらに、右肘から先にだけは少し力を入れて、スイングの間はラケットから腕までを固定するとサーブが安定します。
  • テイクバックでは特に腕に力を入れない
サーブでは、テイクバックで、ラケットヘッドが地面を向くぐらい下に落とします。これは、スピン系の回転のかかったサーブを打つ場合には必須です。腕に力を入れず(むしろ抜いて)、これによりラケットを担いだ時にラケットヘッドが下に落ちます。
  • ボールを打つ時は背中に力を入れる
ボールをヒットする際に力を入れるとすれば、背中(背筋)です。背中に力を入れる分には、入れすぎるという事はありません。ラケットヘッドが下に落ちているという事は、そこからラケットを振り上げなくてはなりません。それは背筋の仕事です。

2013年7月10日水曜日

Mecir's Tennis (171) 緩いボールの打ち方(続編)

フォアハンドストロークでの緩いボールの打ち方(Mecir's Tennis (124) 緩いボールの打ち方)の続編です。

緩いボールだけではなく、メシールのすべてのフォアハンドストロークに共通することですが、「ボールの後ろ(6時方向)に回り込むのではなく、ボールの横(9時方向)に回り込む感覚」が大切です。グリップが薄くなるほど、ボールに対する体の位置が6時(後ろ)から9時(横)になっていきます。バックハンドも同じで、6時から3時方向に回り込む意識が大切です。

9時(フォアハンド)に回り込むと、ボールとの距離が離れすぎてしまうのではないかという不安がありますが、そこは思い切りましょう。薄いグリップの場合は、厚いグリップと比較して腕を比較的自由に使えるので、体とボールとの距離の補正が可能です。また、必要に応じて打点を後ろにずらせることができますので、万が一振り遅れても大丈夫です。

そして、余裕があれば、左足を踏み込みましょう。これは意識しなくても大丈夫です。ボールとの距離が取れている場合は、無意識に左足を踏み込もうとするからです。オープンスタンスが全盛期の現代テニスですが、フェデラーはほとんどのフォアハンドで左足を踏み込む(または前に出す)打ち方をしています。

もう一つ、こちらは緩いボールの時に有効な手段です。厚いグリップとフォアハンドとは違い、薄いグリップは意外に緩いボールが苦手です。ラケット面が少しもぐらつかないように注意しながら、同時にラケットをしっかり振って緩いボールを強く打たねばなりません。微妙なラケット面の狂いが、特に強いボールの場合にはバックアウトやネットに直結します。

この場合に有効なのが左腕と左肩です。左腕をしっかりと畳み込んで、左肩の前に置きます。そのタイミングは、早くても構いません。たとえば、相手のボールが緩い場合、つまり時間の余裕がある場合には、テイクバックの時点で左腕をたたんでしまってもよいのです。これにより、ラケット面のぐらつきを安定化させることができます。しかも、左腕をたたむことで右腕は比較的自由にスイングができます。必要であれば、右腕のテイクバックを早めに取り、やや大きめのスイングをすることも可能です。

左腕は、特にうまく使うことが有効です。緩いボールは、ボール自身にパワーがありませんので、自分からボールに力を与えなくてはなりません。ボールに対して左ひじを突き出し、それを(下の写真のように)左脇に畳み込んでいきます。これにより、体が相対的に前に突き出されます。この突き出す力を使って(前に体重移動をしながら)ボールに力を与えるわけです。



もう一つポイントは、ラケットスイングを体の近くから外に振り出すことです。いわゆる、インサイドアウトの感覚です。ラケット面が微妙なイースタングリップのフォアハンドでは、特にラケットを強めに振りたい場合にはラケット面がぐらつきやすくなります。体とラケットが離れると、離れた分だけラケット面が不安定になります。したがって、テイクバックとフォワードスイングでは、ラケットが体の近くから出てくるほうが望ましいのです。

一方、大きなフォロースルーを取るためには、フォロースルーでラケット(右腕)が体のそばにあることは望ましくありません。フォワードスイングもフォロースルーも体のそばに腕があると、スイングの回転半径が小さくなり、大きなスイングが難しくなります。したがって、テイクバックからフォワードスイングがインサイドアウトの場合には、フォロースルーはそのままインサイドアウトを維持して、大きくからの外側にラケットを振り出すことが望ましいということになります。

インサイドアウトスイングは、下から上へのスイングとセットに考えます。ラケットは下から上に振るというのが、イースタングリップの基本です。ただしこれは十分に構える余裕があった場合(緩いボールを強く打つのは、そういう場合になると思います)のスイングであり、そうでない場合には横振りになることもあります。

まとめ:緩いボールに対するフォアハンドの要点
  • ボールに対して9時方向(ボール飛球線に対して横)に体を置くこと
  • 左手を左肩の位置に置く(写真)/スイング中でもよいがスイング前から置いてもよい
  • フォワードスイングはインサイドアウト/フォロースルーもそのままインサイドアウト
  • ラケットを下から上に振る

2013年7月8日月曜日

Wimbledon 2013 決勝 ドロップショット・ドロップショット・ドロップショット…

神様は、2013年ウィンブルドンでドラマチックな方の結末を選んだ。77年ぶりのイギリスプレーヤーの優勝。イギリス国民ではない私でも、国民の興奮の程度は想像に難くない。

マレーは、どちらかというとドライなタイプなので、ウエットに国民と喜びを分かち合うというイメージはない。恐らく、1983年の全仏オープンで37年ぶりにフランス人選手(ヤニック・ノア)が優勝した時とは、かなり違うのだろう。ヤニック・ノアは、誰にでも愛される陽気で愛らしいキャラクターだった。マレーは、それと比べると、修道僧を思いおこされるいでたちだ。

マレーの優勝スピーチは、正直なところ、優勝した今年よりも負けた昨年の方が感動的で印象的だった。マレーという選手は、人物は、そういうタイプなのかもしれない。わが道を行く。自分のために戦う。国民に対して責任を感じても、国民に対して自分をアピールすることはない。マレーの優勝の言葉は、77年ぶりのイギリス人の優勝を国民と分かち合う気持ちよりも、なんとか優勝して国民の非難やがっかりした気持ちにさらされなくて済むという安堵の気持ちの方が、はるかに強かった。

フルセットになれば接戦で面白いとは限らない。3セットで決着がついても面白い試合もあるし、フルセットでもみごたえのない凡戦もある。ただこの決勝戦は、3セットで勝負がついたからというわけではなく、あまり面白い試合だとは思わなかった。これは正直な気持ちだ。決勝戦直前に書いたブログで、グランドストロークをベースとするプレースタイルの限界を極めつつあるジョコビッチとマレーが、次の世代のテニスの姿を見せてくれるのではないかと期待した。その期待に、ジョコビッチは応えてくれなかった。

それにしても、ジョコビッチの執拗なまでのドロップショット。なぜあそこまで、ジョコビッチはドロップショットにこだわったのだろうか。確かに、第3セットでは数ポイント連続で同じ場所にドロップショットを落とすことでマレーを崩しかけたシーンはあった。しかし、それはあくまで目先を変える、流れを変えるショットでしかなかったはずだ。ジョコビッチはその後もドロップショットを打ち続け、そしてポイントを失い続けた。

結局、ジョコビッチは、この試合では次世代テニスがどのようなものなのかを示すことはなかった。

一番印象的だったのは、ジョコビッチが左右に攻めるボールに対して、マレーはそれを見事に切り返していたことだ。昔だったらこれだけ左右に攻められたら「ねばってボールを返す」ところを、マレーは「次に攻められることはない」レベルのボールを相手のコーナーに返球できた。エースやポイントにはならないが、しかし、確実に相手の攻撃をかわしていった。ジョコビッチがいくら左右に攻めても、最後まで攻めきれない。ミスもしない。それは、ある意味では、「守りのテニス」の究極の姿なのかもしれない。

もし、このようなテニスが標準的になるとすれば、ベースラインからの横(左右)展開のテニスでは勝つことができなくなる時代が来るのかもしれない。かつて、ウィンブルドンはサービスダッシュ、ネットダッシュを中心とした縦(前後)のテニスが主流だった。それが、ベースラインを中心とした横のテニスに変わった。多くのプレーヤーのテニススタイルは、自分のベースラインを左右(横)に守り同時に相手のベースラインを左右に攻めるスタイルとなった。しかし、今日のマレーのプレーが「あたりまえ」になると、横のテニスは転換を迎える。

すると、最後に来るのは、縦と横を組み合わせたテニスになるのだろうか。縦と横を組み合わせるテニスとは、どんなテニスなのだろうか。

⇒ Wimbledon 2013 決勝直前 ジョコビッチvsマレー

2013年7月7日日曜日

Wimbledon 2013 決勝直前 ジョコビッチvsマレー

つい先日、テニスは個人スポーツであり、国を背負うモノではないだろうという事を書いた(こちら)。とは言え、今年のウインブルドンの男子決勝はそうはいかないだろう。伝統ということをこれほど重んじる英国で、伝統をそのままテニスの大会にしたようなウィンブルドンという大舞台で、マレーが背負うものはあまりにも大きい。

マレーは、昨年、テニスのレジェンド(伝説)になるであろうフェデラーに決勝戦で敗れ、自らの力でこの大舞台をさらにドラマチックなものに演出してしまった。もちろん、意図的な演出ではない。

マレーのことを、少々気の毒にも思う。マレーは、決勝に勝ちたいという気持ちではなく、勝たなくてはならないという気持ちで、決勝戦に望まねばならない。今回のウィンブルドンの道は楽なものではなかった。決勝戦までにマレーは苦戦をいくつか乗り越えてきた。マレーの精神の糸は、きっとぎりぎりのところまで張りつめており、今まさに切れかかっているだろう。

もしマレーが今年も優勝できなかったら…。マレーのその気持ちを考えると、応援というよりも同情に近い気持ちになってしまう。

私は、もう一つ、この決勝戦に期待していることがある。それは、次の10年の男子テニスのカタチを占う戦いになるのではないかという事だ。

男子のテニス界はかつてのサーブアンドボレーは全く影を含め、グランドストロークを中心としたオールラウンドな戦法をほとんどのプレーヤーが採用している。かつてのトッププロは何か苦手なショットがあったものだが、今のプロテニスプレーヤーはちがう。どのプレーヤーも、あらゆるプレーを驚くほど高いレベルで打ってみせる。特に、トッププレーヤーは、体の使い方も見事で、肉体のポテンシャルを限界に近いところまで使っているように見える。

その意味では、すでに、ジョコビッチもマレーもあまりにも完成度が高く、どこに「伸びしろ」が残されれているのだろうかと思うほどだ。まして、ウィンブルドンの決勝戦だ。プレーの完成度は驚くばかりに高く、二人の肉体と精神は想像がつかないほど研ぎ澄まされるだろう。その中では、ほんの少しの差しかなく、その差が試合の勝者を決めるのだろう。

10年かけて男子のプレースタイルはグランドストローク中心に変化した。次の10年で、男子テニスの、ウィンブルドンのテニスがどう変わっていくのか。今の方向性にプレーの発展の可能性があるのか。それとも、新たな技術の展開が見られるのか。

決勝をしっかりと見定めようと思う。さあ、決勝戦の始まりだ!

2013年7月5日金曜日

Wimbledon 2013 どうしても何か書きたくなるプレーヤー・ラドバンスカ

ラドバンスカとリシツキのゲーム(2013年ウィンブルドン女子準決勝)を見ていて、ラドバンスカという選手がだんだん怖くなってきた。ラドバンスカの目には、ネットの向こうの相手は、コートは、風景は、どんな風に目に入るのだろうか。

負けるのが怖いとか、勝ちたいとか、ラドバンスカはそんな気持ちは全くなさそうだ。彼女は、名声や名誉のためにゲームをするのではない。勝ちたいという気持でもない。ただゲームに勝つためにプレーをしている。

勝ちたいと思ってプレーするのと、勝つためにプレーをするのは、言葉は似ているが実は全く違う。前者は結果に重きを置く。後者は過程に重きを置く。

ラドバンスカにとって、勝利は過程の先にある結果でしかない。言い換えると、結果までの過程についてしか、彼女の頭にはない。

彼女のプレーは、単純だ。ポイントを取るためにできることを何でもする。フォームなどはどうでもよい。ポイントを取るために、コースを隠し、ボールのスピードを変え、球質を変え、ペースを変える。相手の予想外のところにボールを打ち、逆に相手の思う場所にボールを打ってエラーを誘う。大切なことは、ポイントを取ることだ。そのスタンスは明確だ。

いったい、どのような少女時代を過ごせば、こんな女性に、こんなプレーヤーになるのだろうか。こんな人格になるのだろうか。何度も書くが、人格はテニススタイルを超えることはできない。ラドバンスカのプレーは、彼女の人格以外のなにものでもない。人格がこのようなプレースタイルを作ったのか。テニスが彼女の人格を形成したのか。

表情をあまり変えない選手は大勢いる。こみ上げる感情を表に出さずにコートに立つプレーヤーは多い。しかし、人格がそのままテニスに現れて、その人格には感情がほとんどない選手は数少ない。

少なくとも、他のどの選手よりも、テニスと人格が一致しているのが、ラドバンスカだと思う。彼女からテニスをとったら、彼女は死んでしまうのだろう。こういう形での人格の表現は、私は嫌いではない。ただし、こんなプレーヤーとテニスの試合をするのは、勘弁してほしいが…。へとへとに疲れてしまうのは間違いない。

ラドバンスカは、リシツキに敗北した後、握手の際に相手の目を見なかった。そのまま彼女は、目に入るすべての風景を「見る」事をせず、相手も、審判も、おそらくは陣営さえも見ずに、その足で足早にスタジアムを去って行った。

⇒ Wimbledon 2013 李娜vsラドバンスカ(ある意味こんなに女性的なプレーヤーはいないのかもしれない)

2013年7月2日火曜日

Wimbledon 2013 李娜vsラドバンスカ(ある意味こんなに女性的なプレーヤーはいないのかもしれない)

いろんなテニスがあるのだと思う。同じルールで、同じコートで戦う同じ大会の中でも、李娜とラドバンスカの準々決勝戦は、昨日観たセレナ・ウイリアムズとリシツキのゲームとは、別の競技と言ってもよいほど違った。

唐突な書き方だが、一般に男性は空間認知能力に長ける傾向があり、女性は言語能力に長ける傾向があると言われている。これを、あえてテニスに置き換えてみると面白い。

空間認知とは飛んでくるボールや自分の打つボールをどのようにイメージするかと言ってよいだろう。ボールに対する高い空間認知能は、強いボールを打つことができる強靭な肉体能力と同様に、プロテニスプレーヤーには利点となる能力だ。

一方、言語能力にたけているということは、ボールを打ち合ってポイントを取るテニスというゲームには特段の関係はないようみえる。が、実はそうでもない。そのことを、ラドバンスカの試合は教えてくれる。

女性は、一般に、言語を介して相手(他人、周りの人など)の感情や考えをくみ取る傾向があるといわれている。おしゃべりが好きなのは、どの国でも、どの人種でも、間違いなく男性よりも女性の方だ。個人差はもちろんあるものの、男性週刊誌と女性週刊誌を比べてみれば、日常の中でうわさやゴシップなど他人のことにより興味があるのは女性であることがわかる。

ラドバンスカは、明らかにこの言語能力に長けている。つまり、コートの向こう側からこちらの心理を完全に読み取ることができる。相手の気持ちを想像する能力を女性的というならば、こんなに「女性的」な女子プレーヤーがほかにいるだろうか。

李娜がフォアハンドでラケットが最後まで振りきれないと見切るや、しつこいようにフォアハンドにボールを集める。そして、なんとか李娜がフォアハンドで耐え忍んだところに、最後の一撃でバックハンドの深いボールを配球する。

李娜が守らずに攻撃する戦略に出ると、ラドバンスカは攻撃をかわす戦略に出る。李娜がラッキーポイントを重ねて2セット目を取ると、李娜の気持ちの流れを切るべくメディカルタイムアウトを取る。

観客の視点で言うと、李娜の精神状態を読み取るには、李娜の表情よりもラドバンスカのプレーを見た方が分かりやすいほどだ。李娜を応援する気持ちでゲームを見ていると、とにかくラドバンスカのプレーは「いやらしい」の一言に尽きる。

第二セットの最後に、李娜のラッキーショットが続いた。さすがのラドバンスカも、ネットインだけは予測することができない。試合は、セットオール(1-1)で第三セットに入った。李娜がラッキーショットに助けられた心理状況すら、第三セットでラドバンスカは活かすかもしれない。ラドバンスカのプレースタイルが好きなわけではないが(正直、こういう精神的な攻め方はどちらかというと好きではない)、こういうテニスもあるのだという気持ちでこの試合を最後まで見てみよう。

・・・

それにしても、李娜はどうしてもっと体重をかけたストロークを打たないのだろうか。強引にボールをポイントに打ち込もうとする姿は、先日のセレナ・ウイリアムスのプレーとは正反対だ。特に、ラドバンスカの様なクレバーなプレーに対抗するのであれば、深く強いボールを重ねて、隙を見つけて攻撃するしか方法はないと思うのだが…。

⇒ Wimbledon 2013 どうしても何か書きたくなるプレーヤー・ラドバンスカ

Wimbledon 2013 李娜とクルム伊達:アジア人のテニス

シードダウンが続く中、第6シードの中国のNa LI(李娜)が1週目を勝ち残った。このところグランドスラム大会で比較的早いラウンドで敗退することが多く、あまりプレーを目にする機会がないために2013年のウィンブルドンの李娜を占うことは私にはできない。

以前も書いたことがあるかもしれないが、クルム伊達公子と李娜には、奇妙な共通点を感じる。いや、むしろ、二人のアジアのテニスプレーヤーという点では、必然的な共通点なのかもしれない。

それは、二人ともがテニスが好きで、テニスを楽しむためにプレーしているのに、勝てば勝つほどプレーとは直接は関係がないものと戦わねばならないという事だ。

戦う相手は自分を取り巻く環境であり、本来は自分のよりどころになるべきものだ。マスコミや国民という人々であり、協会や国という組織の存在だ。

スポーツは個人のものであり、組織や国とは独立したものだなどという野暮なことを言うつもりはない。このグローバル化された世界の中で、ビッグスポーツはあらゆるものが有機物のように絡まって成立している。それはまるで、巨大なじゃんけんだ。選手の活動を経済的に支えているのは、ファンや国民ではなく、スポンサーだ。しかし、そのスポンサーは、国民に商品を売ることを生業にする。大会運営母体も、チケット販売や放送権がなければ大会を運営できない。結局、選手は、国を背負うという意識があろうがなかろうが、国民の声援に応えなくてはならない。

李娜は、全仏オープンの優勝インタビューで、スポンサーや大会に感謝の意を述べたが、国に対していの感謝を口にしなかった。また、べつの機会には、自分は国のために戦っているのではないと言い切った。それは、李娜が大きなものを勝ち取った瞬間に、別の大きなものと戦いを始めなくてはならないことを意味していた。

1980年代に、チェコ・スロバキアの二人の巨人、イワン・レンドルとマルチナ・ナブラチロバは自分の国を捨てた。後を追うようにハナ・マンドリコバが国を離れ、ヘレナ・スコバとミロスラフ・メシールだけが残った。スコバは母親(父親?)がチェコのテニス協会の委員であり、メシールは国に対して不満がなかったというだけだ。

錦織は日本国籍の選手として登録されているが、中学生から活動拠点を米国に移している。有名なニック・ボロテリーの門下生だ。ニック・ボロテリーのテニスアカデミーには、世界中から有望な若者が集まる。それは、モンゴルや欧州から日本にやって来た力士を思い出させる。相撲のウィンブルドンがあったとしたら、日本人はモンゴル選手の優勝をモンゴルの誇りだというモンゴル国民を、どんな目で見るのだろうか。

結局、テニスという個人スポーツは、やはり個人のものなのだ。国民やその国のテニス協会(もちろんマスコミも)は、自国の選手がトップランカーになれば、それでよいではないか。大いに誇りに思えばよい。しかし、その選手を何らかのコントロールしようとしてはいけない。与えるのは尊敬の気持ちと純粋な声援だけでよい。それに見合うだけのものを、選手たちは十分に与えてくれている。それ以上を求めることが、なぜ許されようか。

42歳になり、スポーツ選手にとって最も価値のある肉体の若さを失っても、クルム伊達はニコニコしながら大会に挑み続ける。それは、彼女がそれ以上のものを勝ち得たことを意味している。

李娜はきっと、クルム伊達の後を追いかける。李娜のウィットに富んだインタビューの裏には、眉間にしわを寄せた姿がいつも見え隠れする。彼女はいまだに、テニスコートのネットの向こう側のプレーヤー以外の多くのものと戦っているのだ。彼女が明るいキャラクターである分だけ、眉間のしわに重さを感じる。

李娜がクルム伊達と同じように心から楽しむ表情でテニスコートに立てるのはいつのことだろうか。その時、彼女は、何を得て、何を失っているのだろうか。

⇒ 李娜(Na Li)の全仏オープン2011決勝


2013年7月1日月曜日

Wimbledon 2013 セレナ・ウイリアムズの意外な姿

以前も書いたが、正直、男子の試合と比較して、女子の試合にはどうしても興味がもてない。男子の方が肉体的に優勢な分だけプレーに迫力がある、スピードがあるからではない。

私は、ほとんどの女子のプレーからは、どうしても美しさを感じることができない。

特に、ウイリアムズ姉妹、シャラポワ、アザレンカ、リシツキなどのいわゆる大型プレーヤーにはどうしても興味を持つことができない。彼女たちは、グランドストロークにおいて、まず足の位置を決めたら後は上体でボールをヒットする。下半身の動きと上半身の動きが連動せず、独立している。そこには、残念ながら、美しさはない。肉体の持つポテンシャルを引き出しきれているとは言い難い。

普段、めったに大型プレーヤーの試合を見ないのだが、今日、偶然にリシツキとセレナ・ウイリアムズの試合を見て(実はまだ試合中で結果が分からない)、意外なことに気が付いた。

セレナ・ウイリアムズは、大型プレーヤーの中でも特に上半身でボールを打つプレーヤーだと思っていたが、よく見るとそうではない。それは、セットの合間に放送されたグランドストロークのスローモーションで分かった。実は、セレナ・ウイリアムズのストロークは、かなり基本に忠実だ。

そのことは、彼女のラケットワークを見ればわかる。フォワードスイング、インパクト、フォロースルーにかけて、ラケットの動きはなめらかで無理がない。ボールをヒットした直後にボールに無理な回転をかけるのではなく、ボールを前に押し出そうという意思が見える。ボールをヒットした後、ラケット面はボールを追いかけるようにボール進行方向に移動する。

「強引」というイメージはない。むしろ、「献身的」とも言える意思が、彼女のラケットワークには見える。

実は、今、セレナ・ウイリアムズがリシツキに負けて、コートを去っていくところ。初めて見たセレナ・ウイリアムスの献身的なプレーは、リシツキにあと一歩のところで及ばなかった。私は、最終セットを見ながら「あれ?セレナ・ウイリアムズってこんなプレーをするんだっけ」と思った。

セレナ・ウイリアムズのプレーは、ストロークだけではなく、プレー全体に「強引さ」が全く消えている。正確には、消えたのかどうかは分からない。なぜなら、今まで、(美しいとは思えない)セレナ・ウイリアムズのゲームをほとんど見たことがないからだ。しかし、今までテレビのダイジェストなどで見る彼女のプレーの印象と、今見たプレーの姿は別人ほど違った。

セレナ・ウイリアムズは、強引なまでにボールを叩き、相手を打ちのめしながら勝ってきたのではなかったのか?今、コートにいるこの女子選手は、むしろ丁寧に、ボールにしっかりと体重をかけて、まさに美しいテニスをしようとしている。相手の速い球にはしっかりと腰を落とし、ラケット面をきちんと作って、ボールを打ちたい方向にしっかりとラケットを振りきる。自分のボールは無理せず、まず相手にとって打ちにくい場所に配給してから、次の攻撃を組み立てる。

私が最近見た女子選手の中で、最も基本に忠実なプレースタイルだ。

ただ、残念ながら、そのプレースタイルが十分に身についていない。きれいなテニスは、常にリスクを伴う。微妙なフットワークのずれ、スイングのタイミングのずれが、相手コートにボールが落ちる場所を左右する。強引なボールを打っていた時のようには、ボールの勢い(力)でミスしてくれない。組み立てて、自分の思う配球をして、最後に相手を仕留めるまで、展開にはミスが許されない。

そのような高度なプレーができるようには、セレナ・ウイリアムズはまだ成熟していないように見えた。しかし、それは、言い換えると、まだ彼女が成長する可能性があるという事だ。そうだとすると、それは驚くべきことだ。すでにトップを極めた選手が、さらに上を目指してメタモルフォーゼしようとしている。そんな選手が今までにいただろうか?

セレナ・ウイリアムズは、今、31歳だということで、おそらく、パワーテニスでは若い世代には対抗できなくなってきたことを知っているのだろう。もしかしたら、自分のプレースタイルを変えようとしているのかもしれない。しかも、この、ウインブルドンという大舞台で。

まさか、それが、一昨日の伊達戦後のセレナ・ウイリアムズの気持ちの変化という事はないだろう。けれども、もしかしたら…と想像するのは、楽しいことだ。セレナ・ウイリアムズが、もし、自分も40歳を超えてもウインブルドンのセンターコートに立ちたいと思ったのだとしたら。